土曜日, 1月 13, 2007

「誇り高き日本人でいたい」-C.W.二コル

昨年末、長野県黒姫に行ってきました。
親交ある企業人数名の方と「アファンの森」を訪問見学してきた
ものです。

黒姫にはちょうどわが師、C.W.二コル氏が執筆活動のため、
滞在しているタイミングで、私たちが森を訪問することを聞いて
忙しい中を、一緒に森を歩き、夕食を食べ、楽しいひとときを
過ごすことができました。

例年よりも雪が少ない中の、アファンの森は凛として気持ちの
よい空気に包まれており、次の再生に移るまで生き物たちが眠って
いる時期で、私たちが雪の上を踏む音だけが静かに鳴る自然の
空間で、とても心地よいものでした。

森番の松木さんのいる小屋にも顔を出し行ったところ、
「今日は炭焼きの窯出しの日だったから早朝の3時から来て
 いたんだよ。いやあ、小屋の中にいても寒かったの何のって。
 もうじき炭焼きの作業に取り掛かってそろそろ12時間だ。」
といいながら、窯から出した木炭を10kg×8袋を作っていました。
本当に毎回会うたびに脱帽の森の名人なのです。

二コルさんとは、森の話を中心にいろいろな話にたくさん花が
咲きました。
先日いただいたジェーン・グドール博士からの手紙を見せると
「すばらしい!やっぱりすばらしい人は皆手紙なんだよ」
といわれて、中身を見ると「同感です。同じ気持ち」と深く頷いていました。

明治生まれの日本人のすばらしさの話になり、同席していた方の
祖母の方が102歳で、私の祖父は今年97歳で、亡くなったという
こと、そのお二人とも明治生まれで気骨を持ったすばらしい人で
あったことを聞くと、二コルさんは、

「ぼくが日本に来た頃(昭和30年代)にはどの地方に行っても、
 英語かドイツ語を話せる人が一人はいて、どの人たちもジェントル
 だったよ。
 ああ日本人は何てすばらしい人たちなんだろう、
 日本の自然は何とすばらしいのかと。
 こんなに多様性に満ちた自然や文化を持つ国はない」


そう思い日本に惹かれたのだと語り始めた。

「もう何十年も前のこと、1960年代の日本で、私は鬱蒼とした
 ブナの森を歩いていた。
 樹木の霊気に包まれた私の胸に、かつて経験したことのない
 不思議な感動がこみあげてきた。
 私はその場に立ちつくしたまま、頬を伝う涙をぬぐうことも
 忘れていた。
 ここはエデンの園なのか。はるか昔のブリテン島で、ケルト人
 の心を熱くしたのはこの感動だったのだろうか。

 時代は下って1980年代、私は黒姫に居を定めた。
 その頃から、日本の未来に希望を失い始めていた。樹齢を
 重ねた森の木が次々と切り倒され、コンクリート工事が
 河川の姿をねじ曲げる。
 湿地はゴミで埋め立てられ、人々は金儲けに目の色を変える。
 深い絶望感を抱えながら、私は故郷ウェールズに旅立った。
 
 そこで目にしたものは、情熱を傾けて森の再生に取り組む人々の
 姿だった。
 ウェールズで何より私の心をとらえたのは、アファン・アルゴード
 森林公園だった。
 
 私の子供時代、そこは炭鉱から出る粉炭にまみれた緑もまばらな
 地域だった。
 付近では大雨でボタ山が崩れて小学校の上に滑り落ち、多数の生徒が
 犠牲になる事故も起きていた。
 南ウェールズの状況は、産業革命以降のつけともいうべき環境破壊の
 典型的な例だった。

 深刻な失業問題に加えて、地滑り、洪水、環境破壊。
 重なる災厄に苦しんだウェールズ人の中に、状況改善の糸口は、
 健全な混交林をつくることだと気がついた人々がいた。
 森林再生を目指した彼らの渾身の努力が実を結んだのだった。
 
 私が1980年代にアファンの谷を訪ねたとき、煤けたボタ山も羊に
 食い尽くされた禿げ山もそこにはなかった。
 代わりに目に映ったのは、澄み切った小川でマスやサケが産卵し
 カワセミとカワガラスが水遊びに興じる、緑豊かな森林公園だった。

 ウェールズでの体験は私の人生を大きく変えることとなった。
 私は考えた。不平不満を言い募るだけでは何一つ変わらない。
 もう嘆くまい。あのウェールズ人たちがしたことを、この私も
 やってみよう。
 私にとって深く愛する第二の祖国、日本のために。

 本の印税や講演の収入はほとんど長野県黒姫の土地の購入に
 あてた。そのほとんどの土地は第二次世界大戦後、満州から引き揚げて
 きた人たちに政府が安く払い下げた土地であった。
 しかしそこは湿地上の土地であったため、木を切り倒して開墾したものの
 農業は成功せず、入植者達はこの土地を捨てる結果となった。
 
 それ以来放置され、手入れもされずにひょろ高くなった針葉樹
 の人工林あり、下草とつる性植物がびっしりとはびこる区域あり、
 という有り様だった。

 (少しずつ購入していった森は、再生の取り組みを行い、天然林の
 復元が少しずつ進み、それに伴って生き物の数や種類が増えていった。
 2002年、自分の死後もこの森が豊かに残っていってほしいという
 二コル氏の願いが叶い、「C.W.二コル・アファンの森財団」が設立。
 二コル氏は理事長となった)

 財団設立に当たって、私は貯えてきた金の大半とすべての私有地を財団に
 寄付した。財布の中身は軽くなったけれど、私の心は豊かに充足している。
 それは私をじっと待っていてくれた本当の自分と巡り合ったような
 充実感だ。

 人と土地が一体になるためには、自然に対する畏敬の念を
 忘れてはならない。
 敬意と愛情をもって土地に足を踏み入れ、手入れをすることが大切なのだ。
 
 私たちの基本姿勢は、文字通り「手をかけて」森を守ること。
 手間ひまかけた作業があってこそ、自然は我々に応えてくれるのだ。

 ケルト系日本人の年老いた赤オニにとって、
 森からもらった最高のプレゼントは
 森との一体感だ。
 私の死後も森は行き続けてくれる。そう考えただけで心は安らかになる。
 
 この一人の異邦人はやった帰るべき故郷を得た。
 正真正銘の日本の国民になれたのだ。
 私は、これからも誇り高き日本人として精いっぱい生きて
 いきたいと思っている。」
              (参考「誇り高き日本人でいたい」C.W.二コル著)
 
 別れ際、二コル氏は私に向かい、こう言葉をかけてくれた。

 「I'm very proud of you! 本当にそう思っているよ。

  君が学校に入り、野外実習で黒姫に来たときのことを
  よく覚えているよ。

  わけのわからない学生達の多い中で、
  君だけは背筋を伸ばし、未来に向けて輝く希望の目を持っていた。
  卒業してから6年が立つんだね。
  その短い間で本当にすばらしいことを行なっているよ。

  私はだんだん年をとって自分のできる範囲は小さくなってゆく。
  でもこのアファンだけはこれからも守っていくよ」

 二コル氏の言葉を誇りに思いながら、私は氏のように
 志ある魂のきれいな人を目指して生きていきたいと思っています。

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◎「C.W.二コル・アファンの森財団」
  http://www.afan.or.jp/


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