日曜日, 2月 04, 2007

「樹海に生きたどろ亀さん」-高橋延清

どろ亀さんこと高橋延清さんは生前、
長年北海道富良野にある東大演習林で長年森のことを
研究し続けられた、世界的に著名な林学者でした。
(私も1度だけ1999年に演習林を訪問させていただいたことが
ありますが、まさに樹海と呼ぶにふさわしい人と生き物の
調和がとれた森でした)

1981年、台風の直撃で樹海は重傷を負ってしまったことが
あります。
その時、どろ亀さんは悲しくて一晩中、森を歩き まわったと
いいます。

「夜中だった。とつぜん演習林の仲間から電話がかかってきた。  
 昨日の台風で、樹海が大被害を受けたという。  
 あれほど元気な仲間が泣かんんばかりの声である。  

 どろ亀さんは、北見に別の仕事で行っていて、責を果たすと
 すぐに演習林へ直行した。  
 あっ、あの天をついて立っていたオオバボダイジュの姿が見えない。
 倒れてしまったのだ。  

 その前に立っていたすばらしいヤチダモたちもバタバタと倒れていた。
 かつて何度も雨宿りし、いろいろのことを教えてくれた巨大樹の
 エゾマツさんの姿も見えない。  
 知っているあの木もこの木もみんな倒れてしまったのだ。  
 イタヤカエデさんは胴体を縦に裂かれ、斜めに立ったまま、
 何やら叫びつづけているようだ。  
 
 峰を越えると、あの力強く美しかった理想の択抜林も全滅だった。
 残念無念。    
 仲間たちは肩を落とし、無言のままだった。  

 どろ亀さんの目から涙が落ちた。  
 無理もない。
 仲間たちと、この山と取り組んで数十年。  
 理想の森林を夢みて汗を流してきたのだ。  

 愛があるからだ。  

 その夜、どろ亀さんは一人で川松沢の山小屋に泊まった。  
 そして夜中に一人で森を歩き回った。  
 倒れた木とお別れしたかったし、傷ついた木や動物たちを  
 見舞いたかったからである。  
 夜の森はいっそう悲しかった。  

 まず恩師のエゾマツさんのところにいった。  
 「どろ亀くんか、よく来てくれた。
 わしはもうだめなんだ。  
 もう立てんよ。
 日一日と水分がぬけて体が乾いてゆくのが
 よくわかる。
 気も遠くなってきた。
 もうじきこの森ともお別れだよ。     

 自分はこの森で四百数十年も行き続けてきた。
 さまざまのことがあった。
 だが、このような強烈な台風に直撃されたのは初めてである。  

 でも、大樹海の遠くの森でも、数十年から百年に一度くらいの
 割合で台風にやられている。
 これは風の神のなせる業で仕方がないことさ。  
 気を取り戻しなさい。
 あせってはいけない。
 時を待つのだ。  数十年もすれば・・・」  

 と、だんだん声が低くなり、あとは何も聞こえてこなかった。  
 どろ亀さんは、頭を垂れ、「ありがとうございました」と、別れを告げた。

 エゾフクロウさんは、「夜の道は不案内だろうから」といって、
 小屋近くまで送ってくれた。  
 お別れのとき、「どろ亀さんもだいぶ年のようだ。腰が痛そうだ。
 お大事に」といわれ、ホロリとした。  

 翌日どろ亀さんは、山の仲間たちに、
 「風害処理、よろしく頼むぞ」といって、
 一人ひとりの手を固く握って別れた。  

 その後、一ヶ月ほどたって、再び演習林を訪れた。  
 山の仲間たちは懸命に働いていた。
 ありがたかった。  
 心の中で手を合わせた。
 そして、そのときの心境を詩に託した。  

 ”「蘇生」
  
  樹海は重傷なのだ
  だが、樹海は大きな大きな生命力を秘めている
  仲間たちは立ち上がっていた    
  力をあわせ汗をながしていた
     
  愛があるからだ    
  夢があるからだ        

  歳月は流れてゆく    
  風害の跡もやがて、消え失せて
  美しき理想の大森林として    
  再びよみがえり    
 
  永遠なるものを深きものを    
  感動を    
  人びとの心に    
  人びとの心に・・・・」
   

 2002年どろ亀さん逝去。  

 参考「樹海 (夢、森に降りつむ)」世界文化社


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