水曜日, 2月 07, 2007

「魂のきれいな人」-高田屋嘉兵衛

”人に安心感を抱かせる人物って、
きっと一生懸命生きてきた人でしょうね”

かつて日本にいた素晴らしい一人の人物の話をしましょう。
司馬遼太郎氏小説「菜の花の沖」の主人公である
高田屋嘉兵衛の話です。

"江戸時代の廻船商人であった嘉兵衛は、日本全国を
船で廻って商品を売っていました。
彼の生まれは淡路島でしたが、当時大いに必要とされた
木綿の肥料となるニシンを扱いに北海道にも行きました。

四十四歳の時、国後島でロシアの軍艦に捕まってしまいます。
その軍艦の艦長が、幕府のだましうちにあって、牢屋に
いれられていたのです。
艦の副官が新たに艦長となり、助け出そうとして南下してきた
ところ日本の船を見つけ、日本人(嘉兵衛達)を捕らえたのです。
人質をとって幕府と交渉しようとしたのですね。
こうして嘉兵衛は捕まったのです。

それからの嘉兵衛は見事でした。
「おこがましいかもわからんが、わしは日本とオロシヤの間を
平らかにするつもりだ」 、
捕まった時そう言ったのです。

嘉兵衛は自分の逆境をねじふせて、別な、新たな自分を
仕立てたのです。
これは天から授かった使命だと思って、立派に振る舞った
そうです。
そのうちロシア人の方が、これは大変な人だと、
嘉兵衛を尊敬しはじめるのです。
いつのまにか誰もが感服してしまうのです。

ロシアにいる間、ロシア人達は彼のことを「タイショウ」と
呼びました。
嘉兵衛と共に連れていかれた日本人の連中が「大将」と
呼んでいたからですが、 みんな嘉兵衛の事が大好きに
なって「タイショウ、タイショウ」でした。

ロシア人は嘉兵衛の魂を信用して、彼に全権を一任します。
信頼にこたえようと、彼は幕府を口説きに口説きます。
やがて全てうまくいき、ロシア艦長は釈放されることになります。
嘉兵衛の仕事は終わりました。
ロシアの軍艦は去っていきます。

そのとき艦長以下、全ての乗組員が甲板上に出てきて、
見送る嘉兵衛に叫びました。
「ウラア、タイショウ」
ウラアはロシア語で万歳という意味です。
別れを惜しみ、感謝してくれた。

嘉兵衛はこの感激を生涯忘れませんでした。
交渉中の緊張とカムチャッカの寒さが 嘉兵衛の寿命を縮め、
淡路に戻って五十九歳で亡くなりました。

亡くなる時に、枕元の人たちに頼んだそうです。
「大将、ウラア」と言ってくれと。

司馬さんはこう語っています。
”高田屋嘉兵衛は大きな仕事をした不世出の人でした。
われわれは嘉兵衛のような人ではありません。
けれども人はその人なりに「大将、ウラア」ということがあると
いいですね。
総理大臣になることより、大企業の社長に なることより、
死ぬときに「大将、ウラア」ということがあるかないか。

あの瞬間がおれの人生だったという思い出を持つかどうかが、
大事だと思います。

「すぐれた人間というのは、 金もうけができる人とか、
そういう意味ではありません。
よく働くことも結構ですがそういうことでもない。
やはり魂のきれいな人ですね。」”

自分のこれからの人生に 何かを考えさせるきっかけにもなった、 心に残る言葉です。


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