日曜日, 3月 04, 2007

「どうかこれが兜卒天の食に変って」-宮沢賢治

私は幼少時から本を読むのが大好きでした。
最初は絵本。少し大きくなると童話。
もう面白くなって、次から次へと童話を読み続けていた
子ども でした。

中でも惹かれたのが、宮沢賢治の書いた物語。
いまでも大事に蔵書棚に収まっています。

「銀河鉄道の夜」、「風の又三郎」、「よだかの星」、
「やまなし」、 「注文の多い料理店」、「雪渡り」、「双子の星」、
「オッペルと象」、「貝の火」、「なめとこ山の熊」、「カイロ団長」、
「祭りの晩」、 「セロ弾きのゴーシュ」・・・

どれもすばらしい作品ばかりで、4歳の息子がもう少し
大きく なったら、読んであげたいと心待ちにしています。

賢治の詩の素晴らしさに気がつき、自分の心のひだに
刻み込まれていったのは、30歳を過ぎ、 人生の様々な苦渋を
経験してからでした。

まことに、宮沢賢治という人は、 空の彼方に宇宙の無窮の
広がりを感じ、 何者にとらわれず自由に吹いてゆく風に
あこがれながらも、 同時に、大地の土にまみれながら
生きていくことを 鈍重なまでに尊く思い、清く生きた人で
ありました。

「わたくしという現象は  
 仮定された有機交流電燈の  
 ひとつの青い照明です」  

「まことにこれらの天人たちの  
 水素よりももっと透明な  
 悲しみの叫びをいつかどこかで  
 あなたは聞きはしませんでしたか。」  

「むこうに霧にぬれている  
 茸のかたちのちいさな林があるだろう  
 あすこのとこへ  
 わたしのかんがえが  
 ずいぶんはやく流れて行って  
 みんな溶け込んでいるのだよ」  

「むら気な四本の桜も  
 記憶のようにとおざかる  
 たのしい地球の気圏の春だ」  

「われらが上方とよぶその不思議な方角へ  
 それがそのようであることにおどろきながら  
 大循環の風よりもさわやかにのぼって行った」

「まづもろともに  
 かがやく宇宙の微塵となりて  
 無方の空にちらばらう」  

「どうかこれが兜卒天の食に変って  
 やがてはおまえとみんなとに  
 聖い資糧をもたらすことを  
 わたくしのすべてのさいわいをかけて願う」

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