月曜日, 4月 30, 2007

「生きている人と向き合うから、私も生きられるんです」-アルボムッレ・スマナサーラ

前に埼玉県のある小学校から頼まれて、
3年生の子供達の授業のお手伝いをしました。

総合学習の時間の一環であり、地元の環境に目を
向けさせたいということで、竹や柿の話をし、
その後に竹の花瓶に柿渋を塗るということを
行ないました。

当日は、2クラスの子供達70名が集まりました。
大人は、手伝いにきてくれた会社の同僚2人、
市役所の環境部の方、先生たち。

子供達皆の前で「こんにちは、森のクマさんです。」
と語りかけて、始めました。

結果、子供達はどの子も皆、とても生き生きとして
取り組んでくれました。
男の子も女の子も、にぎやかな子もおとなしい子も。
4人1グループになって作業をしているところを周り、
「どう楽しい?」と聞くと
「楽しい!もっと柿渋塗りた~い」「私も~」
と本当に楽しんでくれていました。

実は、この話が来て、どんな風に行なおうかと
考えていたのです。
だんだん当日が迫るほど緊張して、しまいには時間があれば
頭の中で考えてしまい、とうとう2日前から
夜は眠れなくなってしまいました。

ふだんも大人相手に講演することがあるのですが、
大人と違って子どもは正直であり、
話がつまらなければもう誰も聞きません。

どうしたら、子供達一人ひとりの心に自然の楽しさを
伝えられるだろうかと考えてばかりいました。

あっという間に予定の2時間が過ぎ、子供達と振り返りを行い、
「今日、楽しかった人は手をあげてください」と言うと、
ほぼ全員が大きな声で「はーい!」と挙げてくれました。
本当にたくさんの個性があるかわいい子供たちと接することの
できた幸せな時間でした。


この体験をした後に、そういえば以前に読んだスマナサーラ長老
の本でも同じような体験をされたことがあると書かれていたこと
を思い出しました。

長老は、スリランカ上座仏教の長老であり、NHK教育『心の時代』
への出演でも有名になられました。
お釈迦さまの根本の教えを通じて、仏教とは今この場で役に立ち
、自ら実践し理解する智慧の教えであることを説かれています。

「日本に来てから私が本当に緊張したのは、幼稚園なんです。
 幼稚園に呼ばれると本当に緊張する。ほかのところでは、
 緊張がどんなことすらわからない(笑)

 子どもは自然ですから。子どもだからこそ本当の質問を出す
 んです。そういう質問には、こちらもすごく新しく考えて、
 新しい発見をしなきゃだめなんです。
 こちらも「生き物」に戻らなくちゃ、答えられないんです。

 ある仏教系の幼稚園に、話をしてくださいと頼まれました。
 「マーヤー夫人はお釈迦さまを妊娠したときに夢を見ました。
 夢の中で、白い象がお腹に入りました」と話したんですね。 
 すると子供達が、「何で象がお腹に入ったの」と聞いてくる。

 「象さんというのは、この世界でいちばん大きくて、いちばん
 強い動物でしょう」と話しはじめたら、一人の子どもが手を
 挙げた。「恐竜は?」って。

 あ、しまったなあ、と(笑)それで私の論理はもう
 つぶれちゃったんです。
 でもこれからが先生の見せ場なんです。
 瞬時に頭をフル回転させて、こう答えました。

 「あのね、恐竜がいたとき、人間はいなかったでしょ。
 恐竜がみんな死んじゃって、それから、サルからゆっくり
 人間ができたんだから、人間から見れば、いちばん大きくて
 強い動物は象さんだ」

 われながらうまいアイデアが出たなあと思うんですよ。
 本当に勉強になりました。
 ほかでもない象である理由について、初めて本気で考えた。

 それで、「象というのはいちばん強くて大きいんだけど、アリ
 一匹も殺しませんよ。それに比べて、ジャッカルやら、
 ハイエナやらはどうですかね。皆に迷惑かけているでしょう?
 本当に強い人は、誰にも迷惑かけないんだ」と言って、

 「象さんがお母さんのお腹に入ったから、人間の中でいちばん
 強い、いちばんやさしい人が生まれたんだよ」と話ができた。

 ほんとに、自分で自分を誉めるほどのことは、相手が子どもで
 なくちゃできないんですよ。
 生きている人と向き合うから、私も生きられるんです。」

                   
                       希望のしくみ より


******************************
アルボムッレ・スマナサーラ氏

スリランカ上座仏教(テーラワーダ仏教)長老。
1945年スリランカに生まれる。13歳で出家となる。
スリランカの国立大学で仏教哲学の教鞭をとられたのち、
1980年に派遣されて来日。道元の思想を研究する。
現在は、日本テーラワーダ仏教協会などで初期仏教
の伝道、ヴィパッサナー実践の指導に従事されており、
修行練磨の誠実温厚な人柄、的確流暢な日本語による
説法で定評がある。
 


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日曜日, 4月 22, 2007

「棟梁の心がけ」-西岡常一

西岡常一棟梁の言葉です。

「昔は設計、積算、施工、全部棟梁がやった。  
 昔の大工さんは、木というものをよく知ってる。  
 それで設計しますからね。    

 しかも山に入って木を見てみて、  
 あの木ならここに大丈夫、
 この木ならこの梁に大丈夫って、  
 ちゃんと木に対する信頼ができています。  
 そのうえで設計しますわな。  

 それが今のは設計と施工が別になってまして、  
 設計は設計屋の都合のええようにしてるわけですわ。  
 それをまあ施工するものがやるから
 どうしても無理ができる。  
 家というものに対する考え方が一貫してまへん。  

 やっぱり材そのものを棟梁自身が選材するちゅうことですな。  
 それが一番。  
 材料の生まれ育ったままを生かして使うという考え方を  
 いつも念頭において設計しないとあきまへん。  

 古材を使うとすれば古材のその刻み込んである分を頭に入れて、  
 それに合わして設計した方がよろしいですな。  
 なるたけ古い仕事の跡を生かすように。」

名棟梁の言われた言葉は、そもまま人づくり、人の扱い方にも
当てはまりますね。




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水曜日, 4月 18, 2007

「自然とともに」-松下幸之助

「春になれば花が咲き、

 秋になれば葉は枯れる。

 草も木も果実も、

 芽を出すときには芽を出し、

 実のなるときには実を結ぶ。

 枯れるべきときには

 枯れてゆく。

 自然に従った素直な態度である。

 そこには何の私心もなく、

 何の野心もない。

 無心である。

 虚心である。

 だから自然は美しく、秩序正しい。」


        松下幸之助の言葉より




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日曜日, 4月 15, 2007

「持続的であるということ」-龍村仁

映画「地球交響曲・ガイアシンフォニー」は、私の好きな
映画です。これまでに第1番~第5番までが製作され、
現在は第6番が公開されています。

この映画の監督である龍村仁さんは、これからのの時代に
おいて、一人ひとりの人間の心の持ち方、価値観、
選択の判断がとても重要であるといいます。

それは社会から見たら小さなゆらぎであるが、その小さな変化が
結局は大きな変化につながるものだからです。

龍村監督が前に、「木を活かして樹を生かす─
カナダ先住民の知恵」 の話をされていたことがあります。


「カナダ・ブリティッシュコロンビア州の原生林の中を
友人のポール・スポング博士と共に散策している時の

事だった。

ポールはシャチの研究家として世界的に知られる人だが、
同時に過去数十年に わたってカナダの原生林を守る

活動も続けている。

「ジン、ちょっとあの樹をよく見てごらん」

ポールが指さす先に樹齢200年ぐらいの
巨大なアメリカ杉がそびえ立っている。
 
この森の中にはポールたちが“祖母の樹(グランマザー・
ツリー)”と呼んでいる樹齢2,000年を超える巨樹も
あり、私はポールを訪れる度にその“祖母”に

会いに行って、 大きな力を与えられていた。

その“祖母”に較べると、ポールの指さす樹は確かに

巨大ではあるが、まだ若々しさがあり、
人間でいえば働き盛りといったところだろうか、
周りの樹々に較べてさほど特別なナニかがあるようには
見えない。

そう思っている私の心を見透かすように、
ポールがあのイタズラっぽい笑顔でニヤッと笑った。

「ここだよ、ここ。ここをよく見てごらん」
 
樹に近づいたポールが、直径3m近い幹の中央の

あたりを、腕をいっぱいに伸ばして上から下へ
やさしくなでおろした。

ポールの手の動きに沿ってよく見てみると、
地上5mぐらいの所から1mぐらいの所まで、
縦にまっすぐに薄い亀裂が走っている。

そして、その亀裂を覆うように左右から
幹の一部がこんもりと盛り上がっている。

「100年ぐらい前、先住民の人たちが
この樹を利用した痕跡だよ。傷の大きさから見て
多分カヌーのパドルか骨組みをつくったんだ」

当時の先住民の人々は、樹の生命を絶つこともなく、
必要に応じて樹を利用する様々な方法を知っていた。
この場合は、樹のある部分にくさびを打ち込み、
柾目に沿って幹の一部を取り出したのだ。
 
その傷の程度は、樹にとって傷ではあったが

致命傷ではなかった。

いや、むしろ傷ついたことによってこの樹は、
自分の生命の自然治癒力を一気に活性化して、
100年ほどの間に自ら傷を癒し、
ある意味では生きる力をさらに
高めて堂々と生き続けているのだ。

教えられない限り、この樹がかつて人に利用された
ことがあるなどと全くわからないほど健康に見える。

人は自らの欲求にもとづいて、自然を利用し変えてゆく。
しかしその時、自然を自分と同じ生命を
分かち合っている存在と見ているか、
単なる“物”と見ているかで
何かが決定的に違ってくるのだ。」


私たちは、持続可能という言葉がなかった時代に、
持続的な森林利用を行なっていた先住民の叡智、
生活、習慣を見習う必要がありますね。




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月曜日, 4月 09, 2007

緊急トピ「はるかちゃんを救おう!!」

「はるかちゃんを救う会」というHPを見つけました。
 http://www.haruka-ainote.jp/index.html

はるかちゃんを救う会

内容を読んで、いてもたってもいられなくなりました。
私たち一人一人の善意が4歳の少女の命を救うことに
つながるかもしれません。

この星に生きる同じいのちのために、多くの方たちの協力が
必要とされています。

善意の寄付や周囲の多くの方に知らせるなど、できることを
行いましょう!

以下は、HPにある遥香ちゃんのご両親の言葉より引用です。
同じ4歳の子供を持つ親の気持ちに、涙が出ました。
何としてもこのいのちを守るように協力したい!


***************************** 
両親からのご挨拶

 2003年(平成15)年2月7日午前0時59分、静まり返った部屋に
大きな泣き声が響き渡り、待ちに待った長女はるかが誕生した日
のことを私たち両親は今でも鮮明に覚えています。

暦では春の季節に生まれるため、まだ性別も分からぬ頃から、
“はるぼー”の愛称で呼んでおり、自然と遥香(はるか)という
名前に二人の意見は一致したように記憶しています。

初めて経験する子育てに戸惑いや不安はありましたが、日に日に
成長していく姿が楽しみで、言葉が出るようになればパパ・ママ
と何度も言わせてみたり、また歩くようになったら家族中大騒ぎ
でビデオを撮ったりと、何度“親ばか”と言われたことでしょう。

 毎日元気いっぱいに育ってくれていましたが、成長するにつれて
ひどい咳が続くようになり、昨年12月肺炎で入院した際、症状の
寛解どころか、軽減もなく、突然の「拘束型心筋症」の診断を
受けました。

今、思い返すと、咳が止まなくなった去年の夏ごろより顔の
むくみが見られるようになり、食欲も落ちていたと思います。
その頃、ちょうど心臓の位置に当たる左胸が突出してきたように
記憶しています。

なぜ、もっと早くにはるかの身に起こった異常に気づいて
あげられなかったのだろう、一番近くにいて毎日はるかの事を
見てきたのにと、診断を受けた日から悔やまない日はありません。

「拘束型心筋症」は50万人に1人程度の頻度で、小児心筋症の
5%以下程度と非常に稀な疾患です。
突然死が1割程度あり、また5歳以下の発症の場合、半数強の患者
が2年以内に死亡する予後不良な疾患です。
現在有効な薬物治療はなく、はるかを救うために私たち家族に
示された唯一の選択肢は心臓移植でした。

はるかの場合、既に肺高血圧を来たしており、現時点では心臓
のみの移植であるが、これ以上肺高血圧が進行した場合には、
心臓のみならず、肺も同時に移植する必要があるとのことです。
見た目には元気な状態ですが、時間的な余裕はないと説明され
ました。

 娘は、まだ自分の病気を理解することができません。
もちろん、自分の治療を選択することもできません。
私たち夫婦がその選択肢を提示されたとき、迷いはありません
でした。

幼稚園に行きたい、お友達と遊びたいというのが今のはるかの
望みです。
感染症の予防・運動制限をしなければならないという理由から
今自宅での生活が中心です。

そのはるかの望みを何とか叶えさせてあげたい、
そしてそれ以上に何よりかけがえのないわが子を失いたくない
という思いで、
私たちははるかが生きる道、すなわち心臓移植を受けることを
決意しました。

私たちが選択した事は決して簡単な事ではありません。
15歳未満の小児からの脳死臓器提供はなく、心臓移植を海外で
受けるしかありません。また移植医療とは、ドナーがいて初めて
成り立つ医療です。

同じ年代の子どもさんがドナーとなる事は、一人の尊い命が
失われた後、その命をいただき「生」をつなぐことを意味します。

もし、あるご家族よりドナーとしての臓器提供の申し出が
あったとしたら、私たちは感謝の気持ちでいっぱいになるでしょう。

でも、ドナーのご家族のご心痛を思うと何と申しあげたらいいのか・・・
そのような移植手術を受けることの重大さを痛感しています。

 海外での移植医療には保険がきかない為莫大な費用がかかり、
また無事に移植手術が成功しても拒絶反応との一生続く長い戦い
が待っています。

それでも、それでも一分一秒でも長く生きぬいていてほしい、
そして精一杯はるかの人生を生きて欲しい、それが私たち両親の
願いです。

莫大な費用に関しましては、はるかに残された時間が少ない事を
考えますと、皆様の善意にすがるしか方法がありません。

どうか皆様方の温かいご支援をよろしくお願い致します。



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日曜日, 4月 08, 2007

「百年後」-ラビンドラナート・タゴール

インドの詩聖であるタゴールについて、
日野原重明先生はこう 語っています。

81歳になる前、彼は「最後のうた」を作りました。
次の誕生日には私はこの世にいないであろうという
書き出しで 始まり(実際、彼は次の誕生日を目前にして
亡くなったのです)、
与えるべき全てを与え尽くしたので、今はからっぽになった
頭陀袋を背負っている。

その返礼として愛と赦しが得られるのなら、
私はそれを携えて 旅立とうという、心が洗われるような詩です。

そして死の近づいた者に大切なのは〔こころの友〕であるという
意が込められています。

又、人生は川のようなものでだんだん海(死)に向かって
流れていくという考えを書いています。

この人間の魂が死後も永遠の世界にずっと続くという考えは、
東西が合一する宗教的なものの考え方です。

現代は感性の乏しい世界が展開しています。
一体どうすれば人は感性豊かになれるのでしょうか?

それを考えてみて私が気付いたことは、人間の命を素晴らしい
感性で表現した作家に触れることによって
それが私たちに可能に なるということです。

タゴールやリルケ(オーストリアの詩人)などの作品を
通して彼らの素晴らしい感性のひとかけらでも頂いて、
私たちの感性を豊かに育てていきたいものです。

「いまから百年後に  わたしの詩の葉を 
心をこめて読んでくれる人  

君はだれかー     
いまから百年後に?  

早春の今朝の喜びの 仄かな香りを、  
今日のあの花々を、鳥たちのあの唄を、  
今日のあの深紅の輝きを、

わたしは  心の愛をみなぎらせ 
君のもとに  届けることができるだろうかー  

いまから百年後に。  

それでも、ひととき 君は南の扉を開いて  
窓辺に座り、遙か地平の彼方を見つめ、
物思いにふけりながら  心に思いうかべようとするー  

百年前の とある日に      
ときめく歓喜のひろがりが、
天のいずこよりか漂い来て  
世界の心臓(こころ)にふれた日のことをー  

いっさいの束縛から解き放たれた 
奔放で うきうきした  若やいだ早春(ファルグン)の
日のことをー   

羽ばたく翼に 花粉の香りをいっぱいのせた  
南の風が  にわかに 吹き寄せ 青春の色調で  
大地を紅く染めたのをー  

昔の時代(とき)から百年前に。  

その日、生命たぎらせ、心に歌をみなぎらせて  
なんと詩人は目覚めていたことか、  
どんなにか愛をこめ どんなにか多くの言葉を  
花のように咲かせたがっていたことか!     

百年前の とある日に   
いまから百年後に  
君の家(うち)で、歌って聞かせる新しい詩人は誰か?  

今日の春の歓喜(よろこび)の挨拶を、
わたしは  その人に送る。  

わたしの春の歌が、しばし君の春の日に こ
こだましますように。  

 君の心臓(こころ)の鼓動のなかに、  
 若い蜂たちのうなりのなかに、  
 そして、木の葉のざわめきのなかにも、
 こだましますように。  

 いまから百年後に。」


ラビンドラナート・タゴールは、近代インドの
最高峰の詩人で あり、思想家。
アジアで始めてのノーベル文学賞を受賞。  
詩聖として尊敬される他に、音楽・戯曲・小説・
絵画・思想・ 哲学など、あらゆる面で優れた才能を
開花させる。  
その深い智恵と高い精神性は、多くの人達に
多大な影響を 与えた。  
自然教育にも力を注ぎ、シャンティニケタン(平和の郷)に、
タゴール国際大学を設立する。
インド国歌・バングラディッシュ国歌の作者としても名高い。



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土曜日, 4月 07, 2007

「花信風吹き、花人の想いに共感す」-西行法師

『願はくは花のもとにて春死なむ その如月の望月の頃』

この歌は、平安末期に生き、生命を深く見つめ、
花や月をこよなく愛した西行法師の作です。

弥生から卯月にかけて桜が花を盛りとするこの季節になると、
必ずこの歌が思い出されます。

先日の日曜、家族で花見を楽しみに近くの公園へ出かけました。
満開の桜が連なり、春の香りがそこかしこに立ち込めて、
時折風に吹かれて花びらが舞う様に、心が洗われる素敵な
時間に身をおくことができました。

一緒に行った息子、妻、義父、義母も同様に満開の桜に
満足げであり、幸せを感じさせてくれる自然という存在に、
あらためて感謝の気持ちを強く持ったものです。


西行法師は、「北面の武士」(御所の北側を警護。名誉ある精鋭
部隊)であり、文武両道で華やかな未来が約束されていたにも
関わらず、エリート・コースを捨て、1140年22歳の若さで出家
しました。
理由は諸説あるようですが、
その後特定の宗派に属さず、地位や名声も求めず、ただ山里の庵
で自己と向き合い、和歌を通して悟りに至ろうとする歌人と
なります。
(法師の歌は「新古今和歌集」では最多の94首が入選していますが、
山里の庵の孤独な暮らしの中から詠んだものです)

1189年、71歳の時に自身がたどり着いた集大成ともいえる
和歌観を次のように語っています。

「歌は即ち如来の真の姿なり、
 されば一首詠んでは一体の仏像を彫り上げる思い、
 秘密の真言を唱える思い」

法師は亡くなる十数年前に、遺言というべきこの歌を詠みました。

「願はくは花のもとにて春死なむ その如月の望月の頃」
 ※如月の望月とは、2月15日であり、釈迦の命日です。
(願わくばこの桜の花の咲く頃、満開の花の下で春逝きたい)

事実、西行が来世へ旅立ったのは2月16日でありました。

花を愛し、歌に祈りを込めたすばらしき歌人。



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金曜日, 4月 06, 2007

「かけがえのない自分という存在」-ゾウの智恵

子どものときから、象という生きものに偉大さを
感じ、親しみを覚えていました。
まどみちおさんが書かれた童謡、
「ゾウさん」はいまでも好きなうた。

昔、父が好きな番組で家族一緒に見ていたのが「野生の王国」。
その中に出てくる森林や草原の大自然には、様々な野生動物たちが
住んでいて、その中には激しい生存競争があり、群れで暮らす
動物もいれば小家族単位で暮らすものと、多様な生命に満ち満ちた世界が映しだされていました。

動物たちの中でも、存在感をより強く感じたのが象。

後年、人と同じ脳の大きさを持つ生き物と知ったとき、
彼らの人とは異なる脳の使い方に興味を覚えたのです。


数年前、現在携わっている森林生態系保全の仕事の関係で、
西アフリカのガーナ共和国に行きました。

この地域の森林には、多様な生きもの達が暮らしており、
その中にはアフリカゾウよりも一回り小型のマルミミゾウという
森林に住む珍しいゾウがいます。
(参考 http://big_game.at.infoseek.co.jp/tusker/tusker3.html)

森林が年々伐採されて、野生動物たちの数も減少していく中で、
森を切らずに森を残して村人の生活も向上させながら、動物たちの
すみかを守り、互いに共存していくようにする。

取り組みは順調に進んでおり、村人たちは森林や野生動物の
ありがたさを理解してきています。
プロジェクトに参加しているある村を訪れたとき、
「象が森をつくる」ことがよくわかった、
「森は全てのものを育んでくれているんだ」
と村長がしみじみと言った言葉に
感動しました。


母系社会であり、お婆さんを群れのリーダーとする象たち。

彼らは、愛情を基盤として強い絆をもち、昔からの智恵を
代々伝えてきている。

「きずな」「つながり」「連帯」という、
現在の日本社会では薄くなってきている大事なものを、
深めながら生きている。

わたしたちは、象の生き方に見習うところが
多いと思います。


「象牙の中に真珠を持つゾウがいる。
 
 牙の内側にできた突起物が、
 
 ゾウが歩く振動で中に落ち、

 長い年月をかけて転がり磨かれ、

 見事な真珠ができあがる。

 初めは不恰好な真珠の原石は、
 
 磨かれることで光り輝き、

 かけがえのない宝石にうまれかわる。

 目に見える真珠は100頭に1頭しか


持つことはできないが、

 魂の原石は、どのゾウも持っている。

 その原石を宝石に変えることができるのは、
 
 誰でもない。自分自身だけ。

 母や家族の愛情を受け、苦労して学び、

 さまざまな経験をして大自然の中で生き抜いてきた。

 かけがえのない、自分という存在だけが

 自分だけの真珠を持つことができる。」
                   1/100の宝物


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月曜日, 4月 02, 2007

「社員をサーフィンに行かせよう」-イヴォン・シュイナード

「社員をサーフィンに行かせよう」

このとても鮮烈的なタイトルは、有名なアウトドアメーカーで
あるパタゴニア社の創業者、イヴォン・シュイナード氏の著書の
題名です。

私はこの本をすばらしい友人であり、パタゴニア日本支社で
環境担当として働いている方からいただきました。
(この本は、東洋経済社から出されているもので、お読みすること
をおすすめします)

アウトドア衣料メーカーとして有名なパタゴニア社では、
この本のタイトルの通り、社員は本当にいつでもサーフィンに
行っていいのだそうです。
その他、登山、自転車、ランニング、などどんなスポーツでも
構わないのだとか・・・

事実、前述の友人はつい先日休暇をとって、米国へ1週間ほど
行き、トレイルランニングに汗を流してきたと言って、すばらしい
笑顔で話してくれました。まことにうらやましいかぎりです。

ではなぜ、イヴォン・シュイナード氏は社員がこのような時間を
過ごすことを認めるのか。
それはぜひこの本を読んでいただきたいのですが、少し紹介すると
こう書いてあります。

「責任感」社員一人一人の高い判断力を求める上での責任感
「効率性」自分が好きなことを思いきりやれば仕事もとうぜん
      はかどるものです
「融通をきかせること」常日頃から生活や仕事のスタイルを
      フレキシブルにしておく
「協調性」周囲が互いの仕事を知っておき、互いが信頼しあって
      いる職場にする
「真剣なアスリート」より多くのプロフェッショナルを雇い入れ
      自然やアウトドアスポーツの経験と知識を取り入れる

日本人的な感覚ですといっけん軽いように見えてしまうこの
「社員をサーフィンに行かせよう」ですが、実はこのように
社員個々の自主性を鍛え、仕事の生産性も高くし、組織を強く
するということに機能しているのです。


そして私がパタゴニアをとてもすばらしい企業だと思う理由の
大きなものに、同社の掲げている使命があります。
それは、
「私たちの地球を守る」というもの。

イヴォン・シュイナード氏はこう語っています。

「創業以来、ずっと企業の責任とは何かという課題と
 格闘してきた。
 ビジネスとは実のところ誰に対して責任があるのかと
 いうことに悩み、それが株主でも、顧客でも、
 あるいは社員でもないという結論にようやく達した。

 ビジネスは(地球)資源に対して責任がある。
 
 自然保護論者のデイヴィッド・ブラウアーは
 『死んだ地球からはビジネスは生まれない』と言った。
 健康な地球がなければ、株主も、顧客も、
 社員も存在しない。」

「私たちの会社「パタゴニア」は実験的な試みだ。
 その存在意義といえば、
 「母なる地球」の健康に警鐘を鳴らすさまざまな書籍に
 出てくる「自然破壊と文化の崩壊を避けるために、
 すぐに取りかかるべき数々の勧告」を実行に移すことだ。
 
 自然環境が崩壊の危機に瀕しているとの認識を科学者たちが
 ほぼ一致して持っているにもかかわらず、
 私たちの社会は行動を起こそうという意志に欠けている。
 関心の欠如、気力の欠如、想像力の欠如に、
 集団で冒されているのだ。

 現在広く受け入れられている資本主義のモデル、
 果てしない成長を必要とし、自然破壊の責めを負って
 しかるべきモデルは、排除しなくてはならない。
 
 パタゴニアとその一千名の従業員は、
 正しい行いが利益を生む優良ビジネスにつながることを
 実業界に示す手段と決意を持っている。

 本書の完成までに、実に15年の歳月がかかった。
 それだけ長い時間を費やしてようやく次のことを
 立証することができたのだ。

 従来の規範に従わなくてもビジネスは立ちゆくばかりか、
 いっそう機能することを、
 百年後も存在したいと望む企業にとっては、

とりわけそうであることを。」

私たちが、パタゴニアのような高い理念を持った企業を
応援し、商品の選択を行っていくことは、
地球環境保全につながる確かな一つの道になっていきます。 



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