日曜日, 4月 08, 2007

「百年後」-ラビンドラナート・タゴール

インドの詩聖であるタゴールについて、
日野原重明先生はこう 語っています。

81歳になる前、彼は「最後のうた」を作りました。
次の誕生日には私はこの世にいないであろうという
書き出しで 始まり(実際、彼は次の誕生日を目前にして
亡くなったのです)、
与えるべき全てを与え尽くしたので、今はからっぽになった
頭陀袋を背負っている。

その返礼として愛と赦しが得られるのなら、
私はそれを携えて 旅立とうという、心が洗われるような詩です。

そして死の近づいた者に大切なのは〔こころの友〕であるという
意が込められています。

又、人生は川のようなものでだんだん海(死)に向かって
流れていくという考えを書いています。

この人間の魂が死後も永遠の世界にずっと続くという考えは、
東西が合一する宗教的なものの考え方です。

現代は感性の乏しい世界が展開しています。
一体どうすれば人は感性豊かになれるのでしょうか?

それを考えてみて私が気付いたことは、人間の命を素晴らしい
感性で表現した作家に触れることによって
それが私たちに可能に なるということです。

タゴールやリルケ(オーストリアの詩人)などの作品を
通して彼らの素晴らしい感性のひとかけらでも頂いて、
私たちの感性を豊かに育てていきたいものです。

「いまから百年後に  わたしの詩の葉を 
心をこめて読んでくれる人  

君はだれかー     
いまから百年後に?  

早春の今朝の喜びの 仄かな香りを、  
今日のあの花々を、鳥たちのあの唄を、  
今日のあの深紅の輝きを、

わたしは  心の愛をみなぎらせ 
君のもとに  届けることができるだろうかー  

いまから百年後に。  

それでも、ひととき 君は南の扉を開いて  
窓辺に座り、遙か地平の彼方を見つめ、
物思いにふけりながら  心に思いうかべようとするー  

百年前の とある日に      
ときめく歓喜のひろがりが、
天のいずこよりか漂い来て  
世界の心臓(こころ)にふれた日のことをー  

いっさいの束縛から解き放たれた 
奔放で うきうきした  若やいだ早春(ファルグン)の
日のことをー   

羽ばたく翼に 花粉の香りをいっぱいのせた  
南の風が  にわかに 吹き寄せ 青春の色調で  
大地を紅く染めたのをー  

昔の時代(とき)から百年前に。  

その日、生命たぎらせ、心に歌をみなぎらせて  
なんと詩人は目覚めていたことか、  
どんなにか愛をこめ どんなにか多くの言葉を  
花のように咲かせたがっていたことか!     

百年前の とある日に   
いまから百年後に  
君の家(うち)で、歌って聞かせる新しい詩人は誰か?  

今日の春の歓喜(よろこび)の挨拶を、
わたしは  その人に送る。  

わたしの春の歌が、しばし君の春の日に こ
こだましますように。  

 君の心臓(こころ)の鼓動のなかに、  
 若い蜂たちのうなりのなかに、  
 そして、木の葉のざわめきのなかにも、
 こだましますように。  

 いまから百年後に。」


ラビンドラナート・タゴールは、近代インドの
最高峰の詩人で あり、思想家。
アジアで始めてのノーベル文学賞を受賞。  
詩聖として尊敬される他に、音楽・戯曲・小説・
絵画・思想・ 哲学など、あらゆる面で優れた才能を
開花させる。  
その深い智恵と高い精神性は、多くの人達に
多大な影響を 与えた。  
自然教育にも力を注ぎ、シャンティニケタン(平和の郷)に、
タゴール国際大学を設立する。
インド国歌・バングラディッシュ国歌の作者としても名高い。



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