月曜日, 5月 21, 2007

「滅多にない有り難い私が、滅多にない有り難いあなたに感謝する」-村上和雄

少し前の休日、初夏の陽気の中、
息子を自転車に乗せて、少し遠くにある
遊び場まで、片道1時間かけて、サイクリング。

親水広場のある公園で、息子は最初ズボンを
膝の辺りまで 捲り上げて水の中で遊んでいたのですが、
じゃぶじゃぶと 遊びまわるうちに、とうとうズボンは
びじょ濡れに・・・

天気もよかったので、パンツ一丁にしてあげたところ、
さらに テンションは上がり、大はしゃぎ。
帰り道、向かい風の中は大変でしたが、
息子の笑顔をたくさん 見れたので、
何とか頑張ってこいで帰ってきました。

生き生きと遊んでいる息子の姿を見ながら、
これも太陽と水が あるからこそ、
息子の生命、自分の生命がこんなにも気持ちよく
いられるのだと、あらためて大自然に感謝の思いを
持ちました。

村上和雄先生は、遺伝子の権威であり大学者。
でありながら、少しも偉ぶったところがなくて、
とても 素晴らしい方です。

私と妻は幸いにも何度かお会いしたことがあるのですが、
冗談も大好きでお話がとっても上手な素敵な大先生です。
村上先生は、人間に秘められた可能性を遺伝子を
探求し 続け、人間の無限の可能性をONにする生き方に
関心を持たれて おり、こうおっしゃっていました。

「私たち人間がいまここに生きているということは、宇宙の  
 奇跡のようなものであり決して当たり前のことではない。  
 それは大きな価値のある、ありがたいことなのです。  
 
 感謝して生きるとはそう思って生きることに
 ほかならないのです。  
 こう思えば、とりたててたいしたことが起こらなくても、  
 毎日、喜んだり、感謝したりすることができるのでは  
 ないでしょうか。」

そして、先生は日本人に期待することとして
次のようなことも 本に書かれています。

「「お陰様」「ありがとう」という日本の言葉には、
 大自然に対する感謝が入っているはずです。  
 「ありがとう」というのは「有り難い」ということです。  

 人間の存在というのは、その細胞一個一個が
 できるのだって一億円の宝くじを百万回連続で
 当てるよりもはるかに不思議なことが起こっている。  

 そうするとまずこの存在すること自体が「有り難い」
 わけです。  
 だから私の存在も有り難いのだけれど、隣の人も
 また有り難い存在なんですね。  

 その滅多にない有り難い私が、
 滅多にない有り難いあなたに感謝する・・・  

 そういう感覚が日本人の精神にはあると思います。  
 英語のサンキューが意味するものは、
 そうした有り難さのごく一部でしかない。  

 だから、日本人が築いてきた「お陰様」や
 「有り難い」という文化は間違いなく世界に
 発信できる。  

 環境問題も民族問題も、すべてそれによって
 解決していけると思うのです。  
 そういう文化を持っていることを、
 まず私たち日本人が自覚して、それを積極的に
 世界に向けて発信していくことがとても大切だと
 思います。    

 言っているだけではなくて、行動で示さないと
 意味がない。
 日本人が持っていた文化の力とかメンタリティ、
 あるいはスピリチュアルなものをどうやって世界に
 出していくか、それが私たちに課せられた
 大きな問題じゃないかと思います。  

 これは他人事ではなくて、一人ひとりの日本人が
 自分の生き方を問い直すことと言っていい。  
 それぞれの人が「自分はどういう生き方をするのか」と  
 自問自答して、一人ひとりが答えを出して、
 自覚して行動する。  
 そういう問題なのです。  

 ”日本人として生まれた誇りを取り戻すことが大切ですね”」

             村上和雄「人間 この神秘なるもの」より




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