火曜日, 5月 22, 2007

「生物多様性-自然のかけがえのない価値」-トーマス・ラヴジョイ

今日5月22日は 「国際生物多様性の日」でした。

これを記念したシンポジウム「生物多様性と気候変動」が
国連大学で開かれ、参加してきました。

午前の部:内外の識者による、気候変動と生物多様性の関係の
     講演・討議
午後の部:生物多様性への市民・企業などの参加を促す活動、
     理解を深めるためのセクターの役割の講演・討議

今回、「生物多様性」というものを学術的でなく、一般の方にも
分かるように説明する言葉が出てくるのを期待したのですが、
どの演者もそれは難しいと言って、聞けなかったのが残念でした。

来月に同様のシンポジウムを主催する側としては、
他山の石というべき今回の集まりでした。

やや消化不良ぎみであったため、帰宅後に書籍を探し、
生物多様性について、自分の腑に落ちそうなものを探し、
ようやく落ち着ける言葉を見つけることができました。

これは、米国の科学者トーマス・ラヴジョイ氏が数年前に
語った言葉からの引用です。

「ある有名大学の学長から、生物多様性は何に役立つのかと質問
 されたことがありました。
 その時逆に、本や図書館についてどう感じるかと聞きました
 が、それはあたりまえすぎて、同じような情報源であると
 認識したことがなかったと、かなり彼は困惑していました。

 社会は本や、データバンクや生きていないものについての
 博物館には、非常に大きな価値を置きますが、生きている
 知識の宝庫には価値を見出しません。

 私たちは図書館の価値を十分に認識して、その活動を支援し、
 蔵書を増やし続けるために寄付をします。
 人々はその全てを読むことはないのに、公共図書館が多くの
 蔵書を持つことを望みます。
 もし誰かが地域の図書館に放火したら、住民は激怒する
 でしょう。
 図書館が炎に包まれているということは、そこにある本も
 燃えていることになるからです。

 なぜ、熱帯雨林が燃え尽きてそこにある多様な生物が灰に
 なってしまう時にも、人々は同じ危惧を抱かないのでしょう?

 インドネシアの熱帯雨林に意図的に火が着けられた大火災の
 写真が、最近、世界中の人の目に触れました。
 その煙はものすごく、近隣の国々の人が呼吸するのも困難な
 ほどでした。
 それでも誰も抗議しませんでした。

 同様に今年のアマゾンの大火災はこれまで以上にひどいもの
 でした。
 私がリモートセンシング映像で見たところでは、煙の範囲は
 ブラジル全土の広さより広がっていたのに、人々はそのことを
 知りません。

 私たちは森羅万象を燃やしているのです。
 何ものも炎の中に消えてきます。
 東方教会のある主教は、絶滅を引き起こすことは、
 「環境に対する罪」であると言っています。
 これは、倫理的な観点からよく言い表している言葉です。

 私たちが絶滅を引き起こすたびに、何十億年も続いてきた
 流れを途絶えさせているのです。
 私たちは立ち止まるべきなのです。

 しかし私たちは立ち止まる代わりに、絶滅のスピードを
 進めているのです。


 私たちは今、地球上の植物と動物の将来を決定する時を
 迎えています。
 これは私たちの世代を通じての課題です。
 
 すべて地獄に落ちるのさ、と言って何もしないことも
 できます。
 そして、確かにその通りに自分でその目標を達成することも
 できます。

 しかし、何か変えることができると考えて、前向きに捉える
 こともできます。
 この場合には、その気持ちを維持し続ける必要があります。
 その気持ちや心がけを持ち続けることは大変なことです。

 いや、持ち続けなければなりません。
 今この段階ですでにそのような心を持ち続けながら、
 そのような観点に立って活動している人たちもいるのです。


 私の娘は、たった今、出産しようとしています。
 娘の子供が私の年になる頃には、今世紀も半分を過ぎています。
 
 私の孫や今生まれようとしている全ての子供たちにとって、
 その頃の世界はどのようになっているのでしょう?
 そして、どのように人間は生きているのでしょう?」




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