土曜日, 5月 12, 2007

「I  have  a  dream ! (私には夢がある)」-Martin Luther King、jr.

I have a dream !
(私には夢がある!)

このすばらしく力強い響きある言葉は、 いつも私に
勇気を与えてくれます。

戦後60年が経った現在の日本において、
少子高齢化・人口減少による将来への不安、
格差社会の中でワーキングプアの問題が現れ、
教育の現場の荒廃、モラルの喪失、
人の絆とコミュニティの崩壊、
そして地球環境問題の顕現。

豊かな社会を築いたといわれるものの、
飽食やブランドといったモノへの依存を増す中で、
結局はモノによる豊かさは空虚であることを知り、
心の豊かさの実感を求める中で、
新しい社会、新しい国のあり方を描く、
創造と変革に取り組むリーダーの台頭が
期待されています。

I have a dream !
このすばらしく力強い響きある言葉を
かつて大勢の人々の前で語り、
社会を、国を変革した
すばらしき指導者がいました。

Martin Luther King、jr. キング牧師です。
1963年8月28日、「仕事と自由のためのワシントン
大行進」の 演説でキング牧師が繰り返した
有名なフレーズ、
I have a dream !(私には夢がある)

偉大なリーダーとは、自分の夢を皆の夢で
あるかのように 言い換えられる人だといいます。

キング牧師の言葉をかみしめながら、
私たちは自分たちの子供や未来の世代のために
どんな社会を、どんな国を、どんな世界を
築いていくことができるのか。

すばらしい夢を描きましょう!


Martin Luther King、jr.

「私は同胞達に伝えたい。  
今日の、そして明日の困難に直面してはいても、  
私にはなお夢がある。  

それはアメリカン・ドリームに深く根ざした夢なのだ。  
つまり将来、この国が立ち上がり、  
「すべての人間は平等である」という  
この国の信条を真実にする日が来るという夢なのだ。  

私には夢がある。  
ジョージアの赤色の丘の上で、かつての奴隷の子孫と  
かつての奴隷を所有した者の子孫が  
同胞として同じテーブルにつく日が来るという夢が。  

私には夢がある。  
今、差別と抑圧の熱がうずまくミシシッピー州でさえ、  
自由と正義のオアシスに生まれ変わり得る日が  
来るという夢が。  

私には夢がある。  
私の四人の小さい子ども達が、肌の色ではなく
内なる人格で評価される国に住める日が
いつか来るという夢が。  

私には今夢がある!  
人種差別主義者や州知事が連邦政府の
干渉排除主義を唱え、連邦法の実施を拒否している
アラバマ州にさえ、将来いつか、幼い黒人の子ども達が
幼い白人の子ども達と手に手を取って兄弟姉妹と
なり得る日が来る夢が。  

私には今夢がある!  
いつの日にかすべての谷は隆起し、丘や山は低地となる。  
荒地は平らになり、  
歪んだ地もまっすぐになる日が来ると。  

「そして神の栄光が現れ、すべての人々が共にその栄光を  
見るだろう。」  

これが私達の希望なのだ。    
この信仰をもって私は南部へ戻って行く。    
この信仰をもってこそ絶望の山からも  
希望の石を切り出すことが出来るのだ。    

この信仰をもってこそ私達は祖国にうずまく  
不協和音を人類愛のすばらしい交響曲に  
昇華することが出来るのだ。    

この信仰をもってこそ、自由がいつか来るのだということを  
信じながら、  
私達は共に働き、共に祈り、共に苦しみ、共に投獄され、  
共に自由のために立ちあがることが出来るのだ。  

そしてその日が来れば、  
その日が来れば神の民はみなおしなべて、  
新しい意味をこめて歌えるのだ。  

「我が祖国よ、美しい自由の国をたたえ私は歌う。  
父が骨を埋めた国、開拓者の誇りとする国。  
すべての山々から、自由よ鳴り響け」と。  

真にアメリカが偉大な国となるためには、  
これが実現しなければならない。  

ニューハンプシャーの山々の偉大ないただきから  
自由の鐘を鳴らそう。  
ニューヨークの悠々しき山々からも、  
ペンシルヴァニアにそそり立つアレゲニーの山からも、  
自由の鐘を鳴らそう。  
雪を頂くコロラドのロッキー山脈からも、  
カリフォルニアのなだらかな山々からも、  
自由を鳴り響かせるのだ。    

それだけではない。  
ジョージアのストーンマウンテンからも、  
テネシーのルックアウトマウンテンからも、  
ミシシッピーのすべての丘やほんの小さな塚からも、  
「すべての山々から、自由の鐘を鳴らす」のだ。  

そうすれば、私達が自由を鳴り響かせば、  
すべての村、すべての集落から、  
すべての州、すべての町から、自由の鐘を鳴らせば、  
すべての神の民が、  
黒人も白人も、ユダヤ人も、非ユダヤ人も、  
プロテスタントもカトリックも、  
すべての人々が手に手を取ってあの古い黒人霊歌を  
共に歌える日がより早くやって来るのだ。  

「やっと、やっと自由になれた。全能の神に感謝しよう。  
やっと自由になれたことを」と歌える日が。  

Free at Last! Free at Last!  Thank God Almighty  We are free at last!
[動画]
http://video.google.com/videoplay?docid=1732754907698549493
<典拠> 「マーチン・ルーサー・キング・ジュニア  ペーパープロジェクト」から抜粋
木山ロリンダ・斎藤真由美訳
The Martin Luther King,Jr. Papers Project at Stanford University


Martin Luther King、jr.
マーチン・ルーサー・キング・ジュニア
1929年1月15日、米国南部のジョージア州アトランタに、
バプテスト教会牧師マイケル・ルーサー・キングと
アルバータ夫人の長男として生まれる。
黒人専門のモアハウス大学卒業後、 ペンシルヴァニア州
チェスターのクローザー神学校、 ボストン大学、
ハーバード大学で神学と哲学を学ぶ。
1947年に牧師任職。 1954年9月にアラバマ州モントゴメリー市の
デクスター街 バプテスト教会牧師に就任。
その前年にボストン在学中知り合ったアラバマ出身の
黒人女性 コレッタ・スコットと結婚。
1955年、バスの白人専用席を譲ることを拒否した黒人女性が
市条例違反で逮捕されたことから、
黒人婦人グループがバス・ボイコット運動を開始。
「モントゴメリー改善協会」が組織され、 キングは会長として
指導にあたる。
1957年、インドのネール首相の招きでインドを訪問し、
インド独立を達成した ガンジーの非暴力抵抗主義を学ぶ。
1960年、食堂やバスでの差別撤廃を求める運動が
南部各地に広がり、 キングは「南部キリスト教指導者協議会」を
結成し、議長に就任。
キリスト教信仰に基づく非暴力主義の人種差別撤廃運動を推進。
1963年に、25万人の公民権運動支持者によるワシントン大行進。
1964年に、公共施設や就職関係の差別撤廃をねらう
「公民権法」が成立。
1966年に、選挙権行使上の差別をなくす「投票権法」が成立。
1968年4月4日、テネシー州メンフィスで暗殺される。
享年39歳。


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