土曜日, 6月 30, 2007

「自然からの贈り物を感じ取る力」-レイチェル・カーソン

先週末のことです。息子との探検日のことをご紹介!

この日は幸い天気が晴れに変わってくれたので、
自転車に乗って約4時間、近隣をいろいろまわってきました。
氷をたくさん詰めた水筒を持ち、駅前にあるパン屋で
息子お気に入りのミニドーナツをおやつに買って出発!

住宅街を抜けて、手賀沼周辺のあちこちをまわり、
雑木林、田んぼ、畑、公園、、身近な自然でたくさん遊びました。

途中でさまざまな生き物たちにも会うことが。
キジの親子(今日はオスが鳴き声を聞かしてくれました)、
巣で卵を抱くオナガ、いつも滑稽に尾を動かすハクセキレイ、
葦にバランスよく乗っているヨシキリ・・・

トンボ=何匹も見たのですが、そのうち一匹は死んでいたので  
息子とお墓をつくってあげました。
息子は、これは土になって  その後は植物になっていくんだよね、と。

まだ小さなカマキリの子供もいて、息子が捕まえようとすると ピョンと
飛ぶのを面白がっていました。

他にも色とりどりのお花たち・・・
お陰で、息子は大満足。

「パパは明日仕事だから、その分今日たくさん探検しようね」
言った通りになったからでしょうか。
一日に満足して眠りにつきました。

尊敬するナチュラリスト、レイチェル・カーソン女史は
親が子供と一緒に自然にふれ、感動を分かち合うことが
大切だと語っています。

「子供たちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、  
驚きと感激にみちあふれています。    

残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに  
澄み切った洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの  
直観力をにぶらせ、あるときはまったく見失ってしまいます。  

もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る  
善良な妖精に話しかける力を持っているとしたら、  
世界中の子どもに、生涯消えることのない  
「センス・オブ・ワンダー(神秘さや不思議さに目を見はる感性)」  
を授けてほしいとたのむでしょう。  

この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、  
つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、  
かわらぬ解毒剤になるのです。  

妖精の力に頼らないで、生まれつきそなわっている  
子どもの「センス・オブ・ワンダー」を  
いつも新鮮にたもちつづけるためには、  
わたしたちが住んでいる世界のよろこび、感激、神秘などを  
子どもといっしょに再発見し、  
感動を分かち合ってくれる大人が、  
少なくともひとり、そばにいる必要があります。  

わたしは、子どもにとっても、どのようにして子どもを  
教育すべきか頭をなやませている親にとっても、  
「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要でないと  
固く信じています。  

子どもたちがであう事実のひとつひとつが、  
やがて知識や知恵を生み出す種子だとしたら、  
さまざまな情緒やゆたかな感受性は、この種子を  
はぐくむ肥沃な土壌です。  

幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。  

美しいものを美しいと感じる感覚、  
新しいものや未知なものにふれたときの感激、思いやり、  
憐れみ、賛嘆や愛情などの  
さまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、  
次はその対象となるものについて  
もっとよく知りたいと思うようになります。  

そのようにして見つけ出した知識は、  
しっかりと身につきます。」

子どもと一緒に自然にふれること。
こちらが心を開いて入っていけば、 自然はいつもさまざまな形で
何かしらの贈り物を用意してくれていますね。


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火曜日, 6月 26, 2007

「自然を思想することにより魂を取り戻す」ー鶴岡真弓

映画「地球交響曲・ガイアシンフォニー」は、素晴らしい映画。
大好きな映画です。
現在は、第6番まで完成されており、私もこれから6番を
観たいと思っています。
多くの方が何度も見ており、これからも様々な方たちに地球に
生きることの有り難さや素晴らしさを感じさせてくれること でしょう。

この映画の第1番の出演者の一人が、鶴岡真弓さんです。
エンヤと共に出ていました。
鶴岡さんは、ケルト文化の研究家。
古来の日本人が大切にしてきた”多様性”を同じく大事にし、
現在も受け継いでおりケルト文化のすばらしさを守り継いでいる
アイルランドのことを日本に紹介しておられます。

「自然や自然環境について語るというのは、  
人間や世界を考え続けていくときの、  
答えのない扉の鍵、  
「考えるきっかけ」のようなものではないでしょうか。  

歴史という人間の危うい経験を何とか役立て、  
私たちが忘れ去った宝物を見つけ出すきっかけにしたい、  
そう思います。  

自然に対する人間の想像力というものが希薄になってきている  
いまだからこそ、余計にその重要さを感じるんですね。  

自然や風土や風景というのは、正直なもので、  
その国民や民族の思想を目に見えるかたちで映し出してしまう  
鍵なのだと思います。  

戦後60年以上経って、いま、日本人の誰もが
心の中で気づき始めているわけですが、
戦後の日本人は、アメリカから授けられた民主主義や
欧米の合理主義の中で生きてきました。  

しかし、その中で日本人の精神文化の中身は、
得たものより失ったものがあまりにも大きいと思うのです。  

日本の歴史を通じて、もっとも自信のない日本人、
つまり自然と風土の中に思想を持たない日本人になってしまったと  
いう落胆があります。  

いくら破壊されたとはいえ、まだまだ緑と水に覆われ
囲まれているのが日本であって、
子供のころに山野を駆け回っていたときに感じた
あの自然というのは、超越的な恐ろしいものではなく、
すぐ自分のそばにある親しみのある自然だったと思うのです。  

そういう環境の中で、日本人は自然を親しい神々と
感じ敬ってきたのだと思います。  

つまり、日本人の神々というのは、自然のかそけき声や、  
風の微妙な肌合いを身近に感じるもので、
その緻密さとか、微妙さといったものが、  
私たちの思想や文化の根源になっていると思います。  

しかし、そうした風土の思想を持つ日本に、戦後、  
アメリカという強力なプロテスタント国家の自然観が  
教条的に入ってきました。    
世の中の全ては、絶対不変の原理と法則によって美しく  
完璧に管理されている、
自然もまた完璧に人間の英知と科学で  統御されるものなのだ、
という一神教の方法論が、明治以来日本に入り活用されてきた。  

特に戦後は、工場の汚水が自然を破壊したという物理的な  
問題以前に、いわば形而上学的に杭が打ち込まれ、  
それによって日本人の自然観は、わずか60年の間に  
大きく変容させられることになってしまいました。  

これは、悪いという意味ではなく、キリスト教社会では  
唯一絶対の「神」が精神生活から生産形態、自然までも統率  
する管制塔なのですが、  
日本において、この管制塔方式の「型」が真似された結果、  
それがむりやり学校とか家庭の日常の心情の次元でも、  
その型だけが教え込まれ、管理の形だけの民主主義とか、  
形だけの生活というものしか、手元に残らなくなってしまいました。

もうそこには、親しい「自然」の山野を駆け巡ったときの、  
躍動する楽しい心も、アニミスティックな自然への敬いも  
忘却されてしまって何もありません。  

アメリカ人の自然観は、ディズニーランドの池であろうが、  
アンクル・トムの小屋の森であろうが、
西部劇の荒野であろうが、
すべて彼らの「神=創造主」の管理の下で
 完璧に造られた、神の「完全性のユートピア」としての  
自然なんですね。  

それは、先住していた北米先住民の自然崇拝的自然とは  
まったく異なります。  

この60年の間に、なぜ、日本人が「魂」を失ってしまったのか。  
それは、自分たちの手で自分たちの表象としての自然、  
環境を度外視して、西洋の借り物である爪先立った  
自然観の中で愚直に生きてきた結果です。    

「物理的に自然環境が変わってしまった」と嘆く前に、  
自分たちがしっかりと「自然を思想しているか」どうかを  
自問しなければならないと思います。」  


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土曜日, 6月 23, 2007

「森の旅人」-ジェーン・グド-ル

数年前、映画「地球交響曲・第四番」の完成試写会に
参加したことがあります。

上映の後、映画出演者の一人であり、チンパンジー研究者の
ジェーン・グド-ルさんの記念講演を聞くことができました。

私と妻は、最前から3つ目の列の真ん中に座っていたのですが、
真近に見るグド-ルさんは、とてもきれいな光を放って いました。
(私は特にオーラが見えたり、意味がわかる人間ではない
 のですが、講演会などで、講師の方に強く共鳴を受けたとき、
 その方の周りに光を見ることが時々あります)

この時見たのは、とてもきれいな白い輝きを放つ光でした。
あまりにもきれいな光だったので、今でもはっきりと
思い出すことができます。

グド-ルさんは英国生まれで、26歳のときにタンザニアの
ゴンベで野生チンパンジーの調査を始め、チンパンジーの
道具使用などの画期的な発見をしました。

チンパンジーの生息域である森林を守るため、世界中で講演を
行っており、また、子供のための自然・人道教育にも尽力し、
2002年国連より「平和の使者」に任命されています。

私は、彼女を心から尊敬しています。
チンパンジーを愛し、 森を愛する天使です。
彼女が語っていた素晴らしい話を紹介しましょう。

「わたしはチンパンジーを守るため、終わりなき旅へ  
 出発しました。  
 それは過密スケジュールで世界各地を講演して回り、  
 3週間と同じ場所にとどまることなく、休暇はすべて  
 執筆にあてるという過酷な旅になりました。  

 しかし講演に行けば、わたしは集まってくれた人たちから  
 たくさんのエネルギーをもらうことができるのです。  

 アメリカのある都市で、講演が終わったときに、  
 小さな女の子がスヌーピーのぬいぐるみを抱えて
 お母さんと一緒にわたしのほうへ向かってきました。  

 その子は、ぬいぐるみを抱いていないほうの手に、  
 小銭がいくらか入ったビニール袋をにぎりしめていました。  

 その女の子は一年前にお兄さんを白血病で亡くしていました。  
 お兄さんは動物園でチンパンジーを見るのが大好きでした。    

 彼女はある日、ナショナル・ジオグラフイック誌で、  
 ゴンベのチンパンジー、フリントが母親を失った悲しみの  
 あまりに死んでしまった話を知りました。  

 兄を亡くした彼女にはフリントの深い悲しみがわかりました。  

 その子はわたしがアフリカでチンパンジーの孤児院を  
 設立し、母親を亡くしたチンパンジーの子どもたちの世話を  
 していることを知っていました。  

 そこで彼女はお小遣いをこつこつとためて、  
 スヌーピーのぬいぐるみを買ったのです。  

 「夜、一人で寝るときにその子が淋しくならないように、   
 このスヌーピーをあげて」  
 彼女は続けて言いました。
  
 「このお金でバナナを買ってあげて」  
 その子のお母さんが、娘が貯金をしていたわけを
 知ったのは、講演会の日の朝でした。  

 わたしはこみあげる涙を抑えることができませんでした。

 子どもの熱意は、ときに思いがけない力を発揮します。  
 若い人たちが、不可能だと思われたことを可能にし、  
 世界を変えていく-。  

 わたしはそれを励まし続けたいのです。」


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金曜日, 6月 22, 2007

「幸せとは、相手のなかに自分の存在する喜び」ー大平 礼子

なにげなく目を通していた新聞の書評コーナーで、
一冊のタイトルに目が留まりました。

「貴士(きひと)くん、よく生まれてきてくれました。  
よく育ってくれました」  大平 礼子 (著) 文芸社

作品の紹介は次のように書かれていました。
わずかな文章なのに、読んだだけで胸がいっぱいになり、
涙が溢れてしまいました。

”生きられるかどうかわからない「18トリソミー」という  
難しい病気を背負って生まれてきたわが子の出産、  
救急搬送、手術、初外泊、家族との対面、  
そして別れ・・・。  

わずか7ヶ月弱の短い生涯を、  
母親として無我夢中で接し、看護し、抱っこし、  
母乳をあげ、  
祈りを込めて「星に願いを」を  
歌い続けた全記録。  

「生きてくれてるだけでいい」  
「何でもない幸せがこの上ない幸せ」  
と気づき、  
「がんばってくれました」  
「幸せって、『相手のなかに、自分の存在する喜び』を  
見出せる時に感じられるものなのですね」と  
幸福感を得る。    

母ごころで生命の意味をみつけ、  
全身全霊を込めて 「生きた証」をまとめあげた
感動の1冊。  

サブタイトルは  
「夢のような二百四日間を、本当にありがとう」。”


ネット検索したところ、 著者の大平礼子さんの
言葉なのでしょう、 こう書かれていました。

「人間、辛い事や悲しい事と  
出会わずに過ごせたら  
どれほど幸せなことか  

でも、辛い事や悲しい事の中にも  
嬉しさや喜びを  見出せる時がある  

だから、  
一歩・・・踏み出すことにより  
得られる「幸せ」から  
目をそむけずにいたい」

全ての生命は尊いものですね。


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日曜日, 6月 17, 2007

「生きるというのは、もっと多面的な、奥深い世界」-槌田 劭

人間が生きるということの意味をわかりやすく伝えてくれる
言葉の一つをご紹介します。

槌田 劭さんの言葉の紹介です。

「今日私たちが日本で生きているのは、 
 世界中から食糧をかき集めて生きているわけです。
 
 そうすると、世界の人たちは、その食糧をどういう 
 状況の中でつくっているのか、 
 その食糧を私たち日本人が買えるというのは 
 どういうことなのでしょう。

 そして一方で、日本は工業製品を作って
 輸出しているという現実があります。

 その現実を知らないで、いま生きているというのは 
 いったいどういうことなのでしょうか。

 「生きる」という以上は、自分は誰によって、 
 どのような状況に支えられて生きることを許されているのか。

 ところがいまの学校教育では、そんなことは全然教えもしないし、
 試験にも出ないし、覚える対象ですらない。

 まあこういうことは学校で「覚える」ものではないのかも
 しれないけれども、対象ですらないというのは、 
 実に生きている世界から遠いところで右往左往させられて
 いるわけです。

 大学に入学したらきっと忘れてしまうようなことを覚えて、 
 たくさん覚えているから「賢い子」とほめられ、 
 少ししか覚えられないと、
 あるいは他のことに興味があるばかりに勉強が 
 ちょっとしかできないと「だめな子」と扱われるという 
 理不尽な待遇を受けるわけです。

 受験勉強ができなかったら、自分の人生は先が真っ暗だと 
 悩んでいる人もいるかもしれないけれど、 
 そんな世界は虚ろな世界というか、薄っぺらな世界です。

 本当は生きるというのは、もっと多面的な、 
 奥深い世界です。

 いろいろな人がいてくれて、自分も生きている。 
 食べ物を作ってくれる人もいるし、 
 服を作ってくれる人もいるし、 
 いろいろな世界でいろいろな生き方をしている人たちが
 いるから、実は自分は生きられる。

 人間だけでなく、他の動物たち、植物たち
 が生きていてくれるから、私たちは生きられるわけです。
 人間だけが孤立して生きているわけでは決してないのです。

 ところが、いまいったいどういう世界になっているのかを、 
 私たちは考えてみたことがあるでしょうか。

 中学や高校の教育で、「生物」は習うけれども、 
 「生きている」というのはどういうことかを習うことが 
 あるでしょうか。
 DNAというのも習うけれども、そのことがいったい 
 どういう意味を持つのかという勉強の仕方を全然していない。

 私は、ああいうことを勉強するのだったら、 
 あらゆる地上の生物が遺伝子として共通の形を持っていると 
 いうこと、つまり、同じ四つの塩基の配列によって 
 生命の情報が書き込まれている螺旋状のDNAという 
 高分子が持っている、遺伝情報を支配する「文法」は、 
 大腸菌も人間も基本的には一緒だということを、 
 まず知って、そしてなぜ一緒なのかということを考えることの
 ほうが、 はるかに生物の勉強としては価値があると思うのです。
 
 そうすると人間は万物の霊長なんて威張っていたら 
 とんでもないまちがいで、大腸菌も人間も基本的に兄弟だということが 
 わかります。
 
 違った世界を見ることで、初めて自分を相対化できるのです。 
 もっと違った価値で生きているということを大事にしなけければ
 ならないのです。 

 そのときに幸せに生きられるというのは、
 どういうことかわかるのではないでしょうか。」


この世界に生きていくことは、本当はもっともっと奥深くて意味のある
ことを学んでいくことなのですね。


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槌田 劭(つちだ たかし)
『NPO法人使い捨て時代を考える会』理事長

1935年京都生まれ 1958年京都大学理学部化学科卒業同大学院を経て、
米国へ留学 1967年京都大学工学部助教授となる(専攻・金属物理学)
1979年 同大学を辞職京都精華大学教員として現在に至る


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土曜日, 6月 16, 2007

「聖なる生命のサイクルへの感謝」-北米先住民

地球の平均気温は20世紀の間に約0.6度上がったと言われており、
このまま行けば2100年にはさらに1.4~5.8度上昇するという
予測が出ています。

温暖化の影響により、私たち人類を含む地球上全ての
生き物たちを守り包んできている地球生態系は劣化が
加速し、危機的な状況にあります。

森林、海洋、河川、湖沼、など全てが人類の活動の影響を大きく
受けています。
多くの名もなき生き物たちが、毎日のように絶滅しています。

UNEP(国連環境計画)によれば、
1日に推定150~200種類の動植物が地球から消えているといいます。
知られているだけでも地球上には3千万種がいると
いわれていますが、そのうちのたった1種である人間の生活によって、
他の生き物たちの命が消えつつあるのです。

一方で私たちの生命は、自然によって育まれています。
空気や水、土に頼っており、この空気の浄化、水の循環の管理、
食べ物を与えてくれているのは
人間の技術ではなく、
自然の中の多様な生物であること。
このことは決して忘れてはならない事実です。

生物の活動によって物質が休むことなく循環されている、
限られた世界の中に私たちは生きています。

地球上に多くの種類の生物がいるからこそ、
人類を含めて地球の生命力が保たれているのです。


「今から私たちの言葉を、すべての生命を支えてくださる
 母なる大地に向けましょう。

 母なる大地の胸元に生きる小さな草々を見つめ心を
 一つにしましょう。

 あらゆる植物、木々、地球上全ての水、魚、動物、鳥たち、
 そして聖なる四つの方角から吹いてくる風・・・

 これらすべてと心をひとつにすることです。

 私たちの感謝と敬意はひとつとなって、空の世界へと
 昇ります。

 空の世界にはあらゆる生命の女性たちと
 深く大切なつながりを持つ、
 祖母なる月がいらっしゃいます。

 そこにはまた、太陽と星と空の世界の精霊たちが
 おられます。

 これらの存在はみな、この偉大なる生命のサイクルの
 原初の教えを守っておられるのです。

 私たちの心はひとつになって、聖なる生命のサイクルに
 敬意を払い、感謝します。

 私たちは人間として謙虚に生き、日々自由に使っている
 創造主からの贈り物に感謝することを忘れてはなりません。」

                 北米先住民の叡智の言葉


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月曜日, 6月 11, 2007

「詩のはじまりは、神様へのおいのりだった」-金子みすず

宮澤賢治の詩を読んだあとに感じるのと
同じ感覚をおぼえるのが 金子みずずの童謡です。

有名な詩人の西條八十から
「わかい童謡詩人の中の巨星」と 評されたみすず。

彼女は、本州の一番南端に位置する下関にあった
上山文英堂と いう本屋さんの出店の、
たった一人の店番の少女でありました。

みすずの言葉に、
「詩のはじまりは、神様へのおいのりだった」という
心のあらわれるきもちにさせられるものがあります。

心のやすらぎをおぼえる童謡、
それがみすずの童謡でした。

西條八十の童謡に心うたれて、
童謡を書き始めたみすずは
その八十から高く評価され、日本中のわかい詩人の
あこがれの星になりながら、
1930年、まだ26歳の若さでありながら
この世をさりました。

「星とたんぽぽ」   
 
 青いお空のそこふかく、   
 海の小石のそのように、   
 夜がくるまでしずんでる、   
 昼のお星はめにみえぬ。     

 見えぬけれどもあるんだよ、         
 見えぬものでもあるんだよ。   

 ちってすがれたたんぽぽの     
 かわらのすきに、だァまって、   
 春のくるまでかくれてる、   
 つよいその根はめにみえぬ。     

 見えぬけれどもあるんだよ、
 見えぬものでもあるんだよ。 」





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土曜日, 6月 09, 2007

「大人の心の教育」- ☆森のクマさん☆ 

社会保険庁の問題が次から次へと出てきて、
呆れるやら、腹が立つやら、
なのに誰も責任をとろうとしていません。

似たような問題は日々起こり、誰かしらが
頭を下げています。
「遺憾に思います」「十分調査をしまして
責任のとり方を検討 いたします」・・・

しかしやっぱり誰も問題の責任をとらず、
いつのまにか 曖昧、うやむやになっていく。

こんな現代の日本社会に生きる子供たちが、
大人を信用するのは難しいことでしょう。

今、求められていることは
まさしく大人の教育。
それも心の教育が必要ですね。

子供に伝える側として、
襟を正しくし、背筋を伸ばすところから
始めないといけませんね。

作家の石原靖久さんはこう語られています。

「司馬遼太郎さんは、
 「言葉の正直さ」について、こだわりをもっていました。  

 どうも今の日本人にはそれが足りないのでは
 ないのかとおっしゃっていました。  

 国会で正論をぶつ政治家が、
 じつはその言葉を信じていないし、  
 聞く国民も信じていない。  
 すべてが茶番めいているのです。  

 情報化社会を生きる子供たちの
 目に映る大人の姿は、  
 「あざやか」でも「さわやか」でもないのです。  

 今、大人の値打ちは
 ほぼ底値に近いのではないか。  
 そういう大人が「心の教育」を語り、
 「モラル」を語り、  
 果ては「日本人の心」や「愛国心」まで語るのです。  
 ハードルはとても高いと思います。」

 大人が背筋を伸ばすということが求められていますね。


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金曜日, 6月 08, 2007

「少年達よ、未来は」-山口 瞳

かつて、毎年成人の日と4月1日になるとサントリーの
新聞広告での新成人や新社会人へのメッセージが
恒例のように出ていたときがありました。

「私の経験で言えば、忠誠心や愛社精神を振り回す男に
ロクな社員はいなかった。あいつはいつ会社をやめるのかと
ハラハラさせられるような男が結局は大きな仕事をしたもので
ある。」

「働くのは会社のためでも家族のためでもない、自分の
ためである。失意のときは、この言葉を思いだしてくれ給え。
気楽な稼業と思ったら大間違いだ。常に安住するな。」
(「新入社員諸君!」より抜粋)


サラリーマンとしての心構えを説いた言葉は、新入社員だけで
なく、すべての働く男たちの胸を打ったことでしょう。
私もその一人でした。

今日そんなことをふっと思い出しながら、このメッセージを
書かれていた山口 瞳さんのことを思い出しました。

サントリー在社中に、ハワイ旅行が当たる懸賞のコピー
「トリスを飲んでHawaiiへ行こう!」を考案された方として、
また作家としてもご活躍されました。
その山口さんの味わい深い文章の中でも、とりわけ私の
好きな話があります。


「少年達よ、未来は」 山口 瞳 作

「私が会社に勤めて月給を貰うようになったころ、
 そのとき私はまだ二十歳だったのですが、
 私の先生にあたる人と一緒に、
 ある会場に行くということがありました。 

 駅で切符を買い、改札口を通ったときに、
 電車がプラットフォームにはいってくるのが
わかりました。
 駆け出せば、その電車に乗れるのです。
 すこし早く歩いたとしても乗れたと思います。
 周囲のひとたちは、みんな、あわてて駆けて
ゆきました。

 しかし、先生は、ゆっくりと、いつもの歩調で
歩いていました。
 私たちが階段を登りきってフォームに着いたとき、
 電車はドアがしまって、発車するところでした。
 駅には、乗客は、先生と私と二人だけが
残されたことになります。

 先生は、私の気配や心持を察したようで、
こんな意味のことをいいました。

 「山口くん。
  人生というものは短いものだ。
  あっというまに年月が過ぎ去ってしまう。
  しかし、同時に、どうしてもあの電車に
乗らなければならないほどに短くはないよ。
  ・・・・
  それに第一、みっともないじゃないか」

 私は、この言葉に感銘をうけました。

 何かの事件が起こる。
 乗り遅れまいとして、ワッと飛びつく。
 そのために自分の歩調を乱す。

 それはミットモナイことなのだ。
 そんなふうにも解釈したのです。

 目的地に達するための電車が来る。
 駆け出せば、それに乗れる。
 そういう事態は、その後の23年間に
何度もありました。

 そのたびに、私は先生の言葉を思い出しました。

 私は教訓的なことを言うつもりはないのです。
 ナーニ、5分も待てば次の電車が来るのです。
 先生と私以外の乗客は、みんな、前の電車に乗って
 しまいました。
 先生と私は次の電車に乗りました。
 その電車は空いていて、悠々と座ることができました。
 
 私は、なんだかよくわかりませんが、あッそうかと
 思ったのです。

 少年たちは、自分の未来をどのように
想定しているだろうか。
 あるいは、現在の世の中をどう見ているだろうか。
 私には非常に興味があります。

 Aという地点からBという地点に到達するには、
 さまざまな道があると思っていただきたい。
 AからBに行くために、いったんCに寄ってみることも
 可能なのです。
 あるいは電車を一台やり過ごしてもBという
目的地に達することができます。

 AからBに直線的に進むというのが、少年や青年の
 特徴であるかもしれない。

 私には、実のところ、少年達が自分の未来像を
どのように想定しているかということがわかりません。
 人によって千差万別でもあるでしょう。
 
 しかし、私の経験からいうならば、
 ただひとつ、アセッテハイケナイということだけは
 言えると思うのです。
 焦る必要はない。
 
 そうして私は、ストレートに社会に出てきた青年たちに、
 ある種の脆さを感ずるのです。
 脆いところの青年達は、同時に絶えず、
身を立て名をあげるために焦っているように
見受けられるのです、
 近道反応が目立つのです。

 もう一度、言いましょうか。
 
 人生は短い。
 あっというまに過ぎてゆく。
 しかし、
 いま目の前にいる電車に乗らなければならないと
 いうほどに短くはない。」
 

日々の自戒でもあり、
いつか息子に語ってやりたい言葉でもあります。


*****************************
山口 瞳
(1926年11月3日-1995年8月30日)作家、エッセイスト

東京生まれ。兵役の後、1946年に鎌倉アカデミアに入学し、
在学中から同人誌に作品を発表。正式の大学を出ていないことに
対するコンプレックスを指摘されて、國學院大學文学部に
入り直し、1954年に卒業。
河出書房勤務などを経て、1958年、壽屋(現・サントリー)に
入社。PR雑誌「洋酒天国」の編集や、コピーライターとして活躍。
『江分利満氏の優雅な生活』で、1963年に第48回直木賞を受賞。
後、文筆業に専念するためにサントリーを退社。

気さくな人柄で谷保駅前の居酒屋に夜毎顔を出し、地元の人々
との交流を大切にしていた。『居酒屋兆治』はそんな経緯から
生まれた作品。

筋金入りの反戦主義者であり、「人を傷つけたり殺したりする
ことが厭で、そのために亡びてしまった国家があったということ
で充分ではないか」「もし、こういう(非武装の)国を
攻め滅ぼそうとする国が存在するならば、そういう世界は
生きるに価しないと考える」など、強固な信念に基づく見解を
『男性自身』などで述べた。




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火曜日, 6月 05, 2007

「環境の日&環境月間と私たちの行動変革」-石 弘之

今日、6月5日は「環境の日」です。
そして6月は「環境月間」。

これは、1972年6月5日からストックホルムで開催された
「国連人間環境会議」を記念して定められたもの。
国連ではこの日を「世界環境デー」とし、日本では
1983年に制定された「環境基本法」によって
「環境の日」とされました。

石 弘之さんは、「国連人間環境会議」を振り返って、
こう おっしゃっています。

「第二次大戦が終わって、経済の復興が世界的に
浸透してきた1960年代以降、
産業の急拡大と共に産業革命よりもさらに  
大きな変化が広がってきた。  

自然破壊や野生生物の絶滅のみならず、
産業施設から排出される汚染大気や排水、
膨大な廃棄物だった。  

それまでは「自然」が保護対象だったのが、
人間の活動によってもたらされたさまざまな問題をも
含む「環境」として、広く捉えられるようになった。  

米国から世界に拡大した環境保護運動は、
「環境革命」と称されるほどの大きなインパクトを、
社会、経済、そして  政治にまで与えた。  

1970年代に入って、「人間環境」という新たな枠組が
できあがった。  
人間と環境は別の存在と考えられてきたのが、  
人間も環境の一部であり、両者は運命共同体として  
捉えられるようになった。  

とくに1972年にストックホルムで開催された
「国連人間環境会議」で、この概念が定着した。  
会議では、貧困問題、植民地主義、天然資源など、
従来の「環境汚染」「野生生物保護」といった環境問題では、
到底収まりきれないほど多岐にわたる議論が展開された。  

「環境」は、もはや「人類の生存や福祉の共通基盤」と  
認識されるようになった。  

その後、環境問題は「持続的開発」という新たな概念の
もとに集約されつつあるが、「共通基盤」であることは
いっそう強く認識されている。」

地球上に住む人類は、自分たちの存在を危うくしている
現在の システムに耐えられなくなっています。
もちろん私たちは、いまだにそのような脅威に取り囲まれた
ままですが。

しかし、その事実に少しづつ気がつき、人類自らが、
政治・経済・ 宗教・社会・教育の各システムにおいて、
その脅威を作り出したのだということを十分に
認識しています。

これから必要なのは、多くの生命や自然環境に
負荷をかけ続けている
「win-loseで古い仕組み・やり方・価値観」を手放し、
「win-winで持続可能な仕組み・やり方・価値観」を創造して
いくことです。

・自分のライフスタイルを見直し、環境に負荷をかけないように
 すること。
・職場においてももちろん。
・長く続くように楽しく、ライフスタイルの変革を行う。

この作業は、私たち一人一人が主体的になって、
他者と協働しながら創り上げていくものです。

「持続不可能な社会(大量生産・消費・廃棄)」から
「持続可能な社会(資源・エネルギーの量を
できるだけ抑えた社会)」への転換を目指して。

皆さんも決して傍観者ではなく、
ぜひ主体者として未来社会の 創造活動に参加しませんか!


石 弘之 氏  
環境ジャーナリスト、環境問題研究者。
1940年東京に生まれる。東京大学卒業後,
朝日新聞社入社。 東京本社科学部次長等を経て
85年より編集委員。
96年東京大学大学院教授。
2002年駐在ザンビア特命全権大使。
現在、北海道大学公共政策大学院教授。
この間,ニューヨーク,ナイロビなどに駐在。
世界約130カ国で取材・調査・講演活動。
持続可能な開発のための日本評議会(JCSD)議長等を
つとめる。
〔著書〕
『地球環境報告』『地球環境報告ⅠⅡ』(岩波新書)
『世界の森林を追う』『地球破壊・七つの現場から』(
朝日新聞社)
『子どもたちのアフリカ―忘れられた大陸に希望の
架け橋を』(岩波書店)等




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日曜日, 6月 03, 2007

「青水無月に入りて」-☆森のクマさん☆

先日、用事があって長野県黒姫アファンの森へ。

黒姫には年数回行く用事がありますが、
季節毎に森の様相が変わる様を見ることができます。

とりわけ、この季節は新緑の青さに包まれて、
森全体が やさしい青々さで覆われて、
一歩足を踏み入れると その気持ちよさに、
身体の細胞が喜んでいるのがよく 感じられました。

陰暦6月の異名は、水無月。現在の七月頃に当たります。
梅雨が終わり、署気が増して水が枯れ尽くす月として
そう呼ばれているそう。

「青水無月」とは、山野が青く茂ったさまをいいますが、
この時期のアファンの森は、まさにこの姿。
そのアファンの森を歩いていると、とてもきれいな花が。
財団の事務局の方が、これは「ササバギンラン」だと
教えて くれました。

20年前、幽霊森と呼ばれ荒廃していたのが、
C.W.ニコルさんによって少しずつ購入されて再生していき、
現在では様々な命が 森に姿を見せるようになりました。

日本中の森が荒廃し、人が森林に対してますます
関わりを持たなくなってきている中、
人間のこころも荒廃しています。

まさしく人間の持つ”内なる自然”と
森を代表とする ”外なる自然”はつながりあっています。

レイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」という
いろいろなものに驚く感覚、不思議だなあと思う感性、
なぜだろうと深く考える知性。

これらが失われつつある中で、 私たちが生きる世界の
すばらしさや不思議さを子供たちにいかに教えていくのか、
伝えられるのか。

大事なことは、この自然というさまざまな不思議がいっぱい
つまった「現場」にふれさせること。
何よりも大人がふれること。

そのためにも、人の手で荒廃してしまった森を、
アファンの森のように再生していくことが必要ですね。


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金曜日, 6月 01, 2007

「グレート・スピリットの覚醒」-ラッセル・シュワイカート

いつも思うことですが、 本当に自然というのは
奥深いものを持っています。

こちらが真摯に学べば学ぶほど、様々なことを
教えてくれます。
自然の中に身を置いてわかることは、
先住民の方たちが語るように、やはり
グレート・スピリット(地球意識)というもの
があるのだということです。

ラッセル・シュワイカートというアメリカの
元宇宙飛行士の方が書かれた
ある文章を読んだのですが、
彼ら飛行士の宇宙体験には、
共通したものが多いそうです。
(ちなみに、彼は映画「地球交響曲・第一番」に出演)

それは、宇宙で、
個体意識が一気に取り払われるような体験を
したというもので、屋久島でスピリチュアルな覚醒の
原体験があった私には、とても共感できる話でした。

「宇宙遊泳をしている時のことでした。  
私の仕事振りを、宇宙船の中から撮影するはずだった。  

ところが、カメラがなぜか故障し、動かなくなってしまった。  
そのまま待機している様に言われ、  
それまで秒刻みでこなしていた任務が止まり、  
突然まったく予期もしていなかった静寂が訪れた。  
地上からの交信も途絶えた。  
何もすることがなくなった。  

私の身体は宇宙船を離れ、宇宙の底知れぬ闇の中に  
たった一人で浮いている。  
そして真空の中の完全な静寂。  
私はゆっくりとあたりを見回した。  
眼下には、真っ青に輝く美しい地球が拡がっている。  

その風景は私が今までの人生で見たどんなものとも違う  
信じられない美しさだった。  
視界を遮るものは一切なく、無重力のため上下左右の感覚も  
なく、宇宙服を着ているという感覚もなく、  
まるで自分は生まれたままの素裸で、  
たった一人で宇宙の闇に浮いているようなそんな気がした。  

その時だった。  
突然、自分の胸の中に、なにか、  
言葉ではまったく言い表すことのできない、  
熱く激しい奔流のようなものが一気に流れ込んできた。  

考えたのではなく、感じたというのでもなく、  
何か熱いものが身体のすみずみまで一気に満ち溢れたのだ。  

私は宇宙服のヘルメットのガラス球の中で、  
訳もなく大粒の涙を流していた。  
心にはこんな思いが次々にわき起こってきた。  

「どうして私はここにいるんだ」  
「なぜこんなことが起こっているんだ」  
「私はいったい誰なんだ」  

それはいわゆる疑問ではなかった。  
問いであると同時に答えでもあった。  
そして、この瞬間に眼下に広がる美しい地球の全ての生命に  
対して、言い知れぬ愛と連帯感を感じていた。  

「今、ここにいるのは、私であって私でなく、   
全ての生きとし生ける者としての”我々”なんだ。   
それも、今この時間に生きている生命だけでなく、   
この青く輝く惑星地球に、かつて生まれ死んでいった   
すべての生命、そして   
これから生まれてくるであろう全ての生命を含んだ   
”我々”なんだ。」  

こんな静かだがとても熱い確信が私の心の中に生まれていた。」

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人間の身体は、もともと全ての自然、 全ての生命と
つながっているものです。
けれども、科学技術を進歩させる過程で、
人間はそれを忘れかけてきています。
宇宙飛行士たちは、宇宙空間に 身体を運ばれることによって、
そのことを思い出したのでしょう。

そしてこれは、”私”の身体に素直に 問い直してみることによって、
思い出せることなのですね。

 「”自我”から、その奥にある   
”自分自身”へ溯るということの大切さを」

 「偉大なる自然に感謝するという謙虚さを」




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