金曜日, 6月 08, 2007

「少年達よ、未来は」-山口 瞳

かつて、毎年成人の日と4月1日になるとサントリーの
新聞広告での新成人や新社会人へのメッセージが
恒例のように出ていたときがありました。

「私の経験で言えば、忠誠心や愛社精神を振り回す男に
ロクな社員はいなかった。あいつはいつ会社をやめるのかと
ハラハラさせられるような男が結局は大きな仕事をしたもので
ある。」

「働くのは会社のためでも家族のためでもない、自分の
ためである。失意のときは、この言葉を思いだしてくれ給え。
気楽な稼業と思ったら大間違いだ。常に安住するな。」
(「新入社員諸君!」より抜粋)


サラリーマンとしての心構えを説いた言葉は、新入社員だけで
なく、すべての働く男たちの胸を打ったことでしょう。
私もその一人でした。

今日そんなことをふっと思い出しながら、このメッセージを
書かれていた山口 瞳さんのことを思い出しました。

サントリー在社中に、ハワイ旅行が当たる懸賞のコピー
「トリスを飲んでHawaiiへ行こう!」を考案された方として、
また作家としてもご活躍されました。
その山口さんの味わい深い文章の中でも、とりわけ私の
好きな話があります。


「少年達よ、未来は」 山口 瞳 作

「私が会社に勤めて月給を貰うようになったころ、
 そのとき私はまだ二十歳だったのですが、
 私の先生にあたる人と一緒に、
 ある会場に行くということがありました。 

 駅で切符を買い、改札口を通ったときに、
 電車がプラットフォームにはいってくるのが
わかりました。
 駆け出せば、その電車に乗れるのです。
 すこし早く歩いたとしても乗れたと思います。
 周囲のひとたちは、みんな、あわてて駆けて
ゆきました。

 しかし、先生は、ゆっくりと、いつもの歩調で
歩いていました。
 私たちが階段を登りきってフォームに着いたとき、
 電車はドアがしまって、発車するところでした。
 駅には、乗客は、先生と私と二人だけが
残されたことになります。

 先生は、私の気配や心持を察したようで、
こんな意味のことをいいました。

 「山口くん。
  人生というものは短いものだ。
  あっというまに年月が過ぎ去ってしまう。
  しかし、同時に、どうしてもあの電車に
乗らなければならないほどに短くはないよ。
  ・・・・
  それに第一、みっともないじゃないか」

 私は、この言葉に感銘をうけました。

 何かの事件が起こる。
 乗り遅れまいとして、ワッと飛びつく。
 そのために自分の歩調を乱す。

 それはミットモナイことなのだ。
 そんなふうにも解釈したのです。

 目的地に達するための電車が来る。
 駆け出せば、それに乗れる。
 そういう事態は、その後の23年間に
何度もありました。

 そのたびに、私は先生の言葉を思い出しました。

 私は教訓的なことを言うつもりはないのです。
 ナーニ、5分も待てば次の電車が来るのです。
 先生と私以外の乗客は、みんな、前の電車に乗って
 しまいました。
 先生と私は次の電車に乗りました。
 その電車は空いていて、悠々と座ることができました。
 
 私は、なんだかよくわかりませんが、あッそうかと
 思ったのです。

 少年たちは、自分の未来をどのように
想定しているだろうか。
 あるいは、現在の世の中をどう見ているだろうか。
 私には非常に興味があります。

 Aという地点からBという地点に到達するには、
 さまざまな道があると思っていただきたい。
 AからBに行くために、いったんCに寄ってみることも
 可能なのです。
 あるいは電車を一台やり過ごしてもBという
目的地に達することができます。

 AからBに直線的に進むというのが、少年や青年の
 特徴であるかもしれない。

 私には、実のところ、少年達が自分の未来像を
どのように想定しているかということがわかりません。
 人によって千差万別でもあるでしょう。
 
 しかし、私の経験からいうならば、
 ただひとつ、アセッテハイケナイということだけは
 言えると思うのです。
 焦る必要はない。
 
 そうして私は、ストレートに社会に出てきた青年たちに、
 ある種の脆さを感ずるのです。
 脆いところの青年達は、同時に絶えず、
身を立て名をあげるために焦っているように
見受けられるのです、
 近道反応が目立つのです。

 もう一度、言いましょうか。
 
 人生は短い。
 あっというまに過ぎてゆく。
 しかし、
 いま目の前にいる電車に乗らなければならないと
 いうほどに短くはない。」
 

日々の自戒でもあり、
いつか息子に語ってやりたい言葉でもあります。


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山口 瞳
(1926年11月3日-1995年8月30日)作家、エッセイスト

東京生まれ。兵役の後、1946年に鎌倉アカデミアに入学し、
在学中から同人誌に作品を発表。正式の大学を出ていないことに
対するコンプレックスを指摘されて、國學院大學文学部に
入り直し、1954年に卒業。
河出書房勤務などを経て、1958年、壽屋(現・サントリー)に
入社。PR雑誌「洋酒天国」の編集や、コピーライターとして活躍。
『江分利満氏の優雅な生活』で、1963年に第48回直木賞を受賞。
後、文筆業に専念するためにサントリーを退社。

気さくな人柄で谷保駅前の居酒屋に夜毎顔を出し、地元の人々
との交流を大切にしていた。『居酒屋兆治』はそんな経緯から
生まれた作品。

筋金入りの反戦主義者であり、「人を傷つけたり殺したりする
ことが厭で、そのために亡びてしまった国家があったということ
で充分ではないか」「もし、こういう(非武装の)国を
攻め滅ぼそうとする国が存在するならば、そういう世界は
生きるに価しないと考える」など、強固な信念に基づく見解を
『男性自身』などで述べた。




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