日曜日, 6月 17, 2007

「生きるというのは、もっと多面的な、奥深い世界」-槌田 劭

人間が生きるということの意味をわかりやすく伝えてくれる
言葉の一つをご紹介します。

槌田 劭さんの言葉の紹介です。

「今日私たちが日本で生きているのは、 
 世界中から食糧をかき集めて生きているわけです。
 
 そうすると、世界の人たちは、その食糧をどういう 
 状況の中でつくっているのか、 
 その食糧を私たち日本人が買えるというのは 
 どういうことなのでしょう。

 そして一方で、日本は工業製品を作って
 輸出しているという現実があります。

 その現実を知らないで、いま生きているというのは 
 いったいどういうことなのでしょうか。

 「生きる」という以上は、自分は誰によって、 
 どのような状況に支えられて生きることを許されているのか。

 ところがいまの学校教育では、そんなことは全然教えもしないし、
 試験にも出ないし、覚える対象ですらない。

 まあこういうことは学校で「覚える」ものではないのかも
 しれないけれども、対象ですらないというのは、 
 実に生きている世界から遠いところで右往左往させられて
 いるわけです。

 大学に入学したらきっと忘れてしまうようなことを覚えて、 
 たくさん覚えているから「賢い子」とほめられ、 
 少ししか覚えられないと、
 あるいは他のことに興味があるばかりに勉強が 
 ちょっとしかできないと「だめな子」と扱われるという 
 理不尽な待遇を受けるわけです。

 受験勉強ができなかったら、自分の人生は先が真っ暗だと 
 悩んでいる人もいるかもしれないけれど、 
 そんな世界は虚ろな世界というか、薄っぺらな世界です。

 本当は生きるというのは、もっと多面的な、 
 奥深い世界です。

 いろいろな人がいてくれて、自分も生きている。 
 食べ物を作ってくれる人もいるし、 
 服を作ってくれる人もいるし、 
 いろいろな世界でいろいろな生き方をしている人たちが
 いるから、実は自分は生きられる。

 人間だけでなく、他の動物たち、植物たち
 が生きていてくれるから、私たちは生きられるわけです。
 人間だけが孤立して生きているわけでは決してないのです。

 ところが、いまいったいどういう世界になっているのかを、 
 私たちは考えてみたことがあるでしょうか。

 中学や高校の教育で、「生物」は習うけれども、 
 「生きている」というのはどういうことかを習うことが 
 あるでしょうか。
 DNAというのも習うけれども、そのことがいったい 
 どういう意味を持つのかという勉強の仕方を全然していない。

 私は、ああいうことを勉強するのだったら、 
 あらゆる地上の生物が遺伝子として共通の形を持っていると 
 いうこと、つまり、同じ四つの塩基の配列によって 
 生命の情報が書き込まれている螺旋状のDNAという 
 高分子が持っている、遺伝情報を支配する「文法」は、 
 大腸菌も人間も基本的には一緒だということを、 
 まず知って、そしてなぜ一緒なのかということを考えることの
 ほうが、 はるかに生物の勉強としては価値があると思うのです。
 
 そうすると人間は万物の霊長なんて威張っていたら 
 とんでもないまちがいで、大腸菌も人間も基本的に兄弟だということが 
 わかります。
 
 違った世界を見ることで、初めて自分を相対化できるのです。 
 もっと違った価値で生きているということを大事にしなけければ
 ならないのです。 

 そのときに幸せに生きられるというのは、
 どういうことかわかるのではないでしょうか。」


この世界に生きていくことは、本当はもっともっと奥深くて意味のある
ことを学んでいくことなのですね。


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槌田 劭(つちだ たかし)
『NPO法人使い捨て時代を考える会』理事長

1935年京都生まれ 1958年京都大学理学部化学科卒業同大学院を経て、
米国へ留学 1967年京都大学工学部助教授となる(専攻・金属物理学)
1979年 同大学を辞職京都精華大学教員として現在に至る


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