水曜日, 7月 04, 2007

「"再生" 屋久島の森が教えてくれたこと」-☆森のクマさん☆

本日記は、1997年屋久島の深い森の中での原体験についての ものです。

この原体験こそは、現在の自分の基になる「再生」の時であり、

自分の命と自然とのつながりを深く自覚し、 自然環境を守ることに、

これからの人生をかけていこうと 決意するようになった

記念すべき時でありました。

記録用にここに記します。

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自分を見つめ直し、これからの人生を模索していたある時の 事です。

97年12月末に、屋久島を一人旅しました。

観光シーズンではないこの時期、 他に旅する人もそれほどなく

気ままにレンタカーで島を まわったり、山に登ったりしました。

モッチョム岳という山に登ったときのことです。

本州の山々と違い、幾重にも木の根が生え、花崗岩に登山道が

何度もふさがれるという登山は、とても体力を要しました。

歩いていてとても喉が渇いたのですが、その日は旅館に

水筒を忘れたことを気づきました。

取りに戻る時間はなく、なんとかなるだろうと そのまま登り、

頂上に着いて一休みをしていました。

眼下の景色を堪能していると、

突然、下から霧がもくもくと湧き上がってきたかと思うと、

徐々にあたりが真っ暗になり始めました。

これはいけないと急いで身支度を調え、 下山し始めたのですが、

視界はどんどん悪くなり、 とうとう途中で道を見失ってしまいました。

前日から泊まっていた旅館には、この日の登山のことは 伝えてなく、

他にこの山を登る人もない中で、 遭難しても探してもらえないだろう、

やばいなという 焦りがでてきました。

そんな気持ちで歩き廻っては、 道が見つかるはずもありません。

焦る気持ちばかりが積もり、 どんどん道を下っていってしまったのです。

途中、山の中ほどだったでしょうか、

光が差さない暗い 広場のような場所に出ました。

その広場には1本の巨大な屋久杉が立っていたのです。

その屋久杉を見上げると、雷にやれたのか途中で

ばきっとなくなっていたのです。

何だか恐ろしくなって、早くこの広場から離れたいと

足が急ぎ、またまた道を下ってしまっていました。

しばらく行くと、 深く苔の積もる巨木が何本も倒れている

うっそうとした暗い廃道の上にあたる崖に出ました。

その崖の上で初めて自分の足が止まりました。

この道を下りて行こうか、それとも戻ろうか・・・

頭の中に選択が浮かびました。

後で考えると、本当に大きな選択でした。

下にずっと続いている廃道は、苔が深く 倒木が折り重なっている姿から、

かつて使われていたのは 戦前だろうか、もしかすると江戸時代だろうかと

思うような様相。

普通であれば、そんな道を行けば危険なのはわかるはずなのに、

その時の自分は明らかに混乱していました。

おそらく、その当時が人生の谷底にいたせいもあってか、

気持ちのレベルがかなり低い状態にあったことが大きく

影響していたのでしょう。

「行こうと思えば、行けそうだ。どうしよう、進もうか」

しばらく自分の中での模索がありました。

しかし、その時、一方の自分というか本来の自分からの 声が

聞こえたのだと思います。

「このまま進んだら、俺は本当に遭難するぞ。死んでしまうぞ。」

「いやだ、死にたくない。」

「落ち着け、落ち着け」

そう言い聞かし、そして無意識でした。

気がつくと自分の頬を 叩き、胸を叩き、大声で自分の名前を

叫んでいました。

「しっかりしろ、しっかりしろ」

段々と気持ちが冷静になっていくのを感じ、

その後は元来た道を慎重に探してゆき、 ようやく登山道を

見つけることができたのです。

その後は一心不乱に道をどんどん戻りました。

そして、見覚えのある渓流までようやく着くことができたのです。

「よかった、ここまでくればもう安心だ」

安心すると、一気にのどの渇きをおぼえ、 渓流の澄んだ水を

思う存分口にしました。

がぶがぶ、がぶがぶと。

そうして放心の状態で、そこに腰をおろし、ほっとしました。

その時。 あらためて周りを見たときにはじめて見た光景。

一生忘れられません。

そう、何百年以上も立っている樹木が立ち並ぶ 森の中に

自分はいたことに気づいたのです。  

不思議と落ち着いた気持ちでした。

周囲の景色を眺めていたその時、ふっと自己の小ささに

気づかされたのです。

今日遭難していてもおかしくなかった自分。

そうであればこの命はなかっただろう。

こんな大きな森の中ではどうなってもおかしくなかった 小さな自分。

そんな小さな自分が こうして無事でいられたことが、

すごくうれしくなりました。

自分という存在が生きていられることに大きな感謝の

気持ちが沸き起こりました。  

周囲には、ずっとこの場所に生えている何十年から 何千年という

生を得てきた屋久杉やさまざまな森の樹木が 聳え立っています。

鳥のさえずりも聞こえます。

静かに流れる渓流の音も聞こえます。

様々な生命を感じました。

空気と水と土から恵みを受けて、生命は生かされている、

そう実感しました。

そして、自分もその中のひとつの生命だと。

それは、自分の心の奥から湧上がってくる実感。

自然と涙が流れ、感動していました。  

その時です、中学の頃から問い続けていた

「自分はどうして生きているのだろうか」、

「人間は何のために生きているのだろうか」、

「生きるということの意味は何だろうか」 ということに対して、

探し求めていた答えがふっと見つかりました。

「この大事な自然を守っていこう。

人間も大自然の循環の一部ではないか。

この循環を守ることこそが自分の役目だ」

そう思ったのです。

「今、自然の循環が開発などによって破壊されつつある。

恵みを我々に与えてくれる大切な自然をなぜ壊すのか。

目の前にある大小無数の生命も自分の生命も

同じこの星にいま生きている大事な命。

失われてゆくこの自然を守らねば、 そうだ、それこそが

自分の生きる道だ。」

人生の目的と役割を思い出し、強い意志が自分の中に 生まれた

「再生」の時でした。

しかし、現実社会で生きており、安定した生活を捨てるのには

勇気がいりました。 しばらく悩みました。

でもね、自分の人生です。

責任を持って悔いのない様に生きてみたいと思ったのです。

正直な気持ちで自分のやりたい事がみつかり、

向かっていくと不思議と様々な情報・人が集まってきて くれるのですね。

シンクロニシテイ(偶然の一致)というのは 本当にあるのだなと思います。

その一つとして、ある専門学校に 自然環境保全学科の設立が

日本で初めて認められたとの 記事を目にしたのです。

この学校では、尊敬するC.W.ニコル氏が教えてくれると

書いてありました。

かつて偶然出合ったときの紳士ぶりにとても感動したことを 思い出しました。

本当は、アメリカやカナダに行って勉強しようかと準備して いたところでしたが、

早く現場に出たかったこと、

日本国内の各地の自然をもっとよく知っておきたいなど考え、

結局この学校で学ぶことにしました。

学んだ技術と知識を活かして、自然保護業務に携わっていこうと 決めました。

結局その後、仕事の都合で会社を辞めるのに 半年以上かかってしまいましたが。  

自分で出した結論なら、 その結果がどうであれ納得できるものですね。

自分と向き合うことが大切なのでしょうね。

心に深くひびいた言葉があります。

「結果が、最初の思惑通りにならなくても、

そこで過ごした時間は確実に存在する。

そして、最後に意味を持つのは、

結果ではなく、過ごしてしまった

かけがえのないその時間である」 (星野道夫)  

この言葉を思い出す度に、 結果にこだわらず、

今この時を自分の気持ちに 正直になって楽しんで

頑張ろうって気持ちになれるのです。



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