日曜日, 9月 30, 2007

「私たちの生命を支える生物多様性を守ること」-☆森のクマさん☆

現在、 「第三次生物多様性国家戦略案」について、
環境省が意見募集を行っており、私も仕事柄、この戦略案に関心を持って
内容を見始めているところです。

残念ながら一般の方にはあまり知られていない
この「生物多様性国家戦略」は、92年にブラジル・リオで開催された
「地球サミット」にて作られた「生物多様性条約」に沿って
日本国は95年に策定しました。
(この条約は、世界の189ヶ国が参加。米国は不参加)

「生物多様性国家戦略」は、
私たちの子孫の代になっても、生物多様性の恵みを受け取ることが出来るように、
生物多様性の保全と持続可能な利用に関する基本方針と国のとるべき施策の
方向を定めています。
施策の実施状況について毎年点検を行うとともに、
概ね5年程度を目途に見直しを行うことが規定されており、
今回もこれに従って行われているもので、今回の意見募集は
10月14日までとなっています。
詳細はこちらに載っています。  
http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=8794

「生物多様性条約」は、同じくリオ・サミットの後に定められた
「気候変動防止枠組み条約」との認知の差があまりにも大きいものです。

これは温暖化防止の場合、このまま温度が上がればどんな影響が出るかという
データが多く出るようになったことと自分達が防止のために何をできるのかと
いうことがわかりやすいということにあります。

一方で、生物多様性保全の場合は、同じく認知の低い「生態系」との関係や違いが
わかりにくく、構造や悪化した場合の影響があまりにも複雑で簡単につかみにくいことから、
残念ながら 馴染みの薄いものとなっています。

「生物多様性」、「生態系」という地球上の多様な生命が太古の歴史から
織り上げてきた壮大で緻密な仕組みと関係。

この仕組み、関係を多くの方に理解してもらい、自分達ができることを考えてもらい、
実際の行動をとってもらうように。

ささやかかもしれませんが、私なりにチャレンジしていきたいと思います。

まずは、地球の歴史と生命の誕生の時間の把握から。


********************

☆「地球時計」から見る生命を作り上げた地球の歴史☆

地球は、今から約46億年前にできたといわれています。
最初の生命が誕生したのは、約40億年前といわれ、海中に現れた生物は
4億年前になるまで陸に上がることはできませんでした。
宇宙から強力な紫外線が降り注いでおり、これを遮るオゾン層が作られるまで、
長い時間を要しました。

その長い間、海中の植物は、海中の二酸化炭素と太陽光線から酸素を作り始め、
その酸素が大気中に放出され、オゾン層を作っていたのです。
こうして生物は自身の力によって、上陸できる環境を整えました。

最初に陸に上がった植物は、湿地や草原、森林を作りました。
それを追うように動物も陸上へ進出、
両生類、爬虫類へと進化し、やがて恐竜が現れました。
恐竜が地球の支配者となった後、ネズミくらいの大きさの哺乳類も現れました。

約6500年前、ある説によれば隕石の衝突によって大気中に舞い上がった
塵が太陽光を遮り、地球の気温が下がり、恐竜など多くの生物が環境の変化に
ついていけず絶滅しました。
哺乳類の一部は生き延びました。

その後、進化して様々な種類に分かれ、猿人と呼ばれる人類の祖先が
500万年前から400万年前に登場し、こうして私たちにつながっています。

******************
この長い地球の歴史を「地球時計」に置き換えてみます。
これは46億年を1年に圧縮するものです。  

1月 1日00時00分 地球の誕生  
1月 8日     海洋の誕生  
2月15日     海中に最初の生命誕生
11月30日     生命が陸上に進出
12月15日     恐竜の誕生
12月31日16時00分 猿人の誕生       
23時58分 新人(私たち人類の最初の祖先)誕生    
        

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地球の歴史において新参者の人類。
一方で、私たちは多くの生物を絶滅させています。

人類が知っている生物は200万種程度でしかありませんが、
地球上には私たちが知らない生物を含めると5000万種から1億種が
生息していると推定されています。

しかし、現在、地球上では15分に1種の生物が絶滅しているといわれています。
1年間の換算では、3万5千種の絶滅。

地球が育んできた生命の輪を、一番後から誕生した
私たち人類が絶滅させていくという現実。

地球の持つ生態系という生命システムを破壊していくことは、
私たち自身の未来を閉じるということです。

人類は決して自分達一種だけでは生きていけない。
他の多くの生物たちに支えられて、生きています。

そのことに多くの方が気づき、「生物多様性」の大事さを
自分の生命、他者の生命、未来に生まれてくる子孫たちの生命の
大事さとつなげて考え、これを守る行動が広がることを願っています。


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月曜日, 9月 24, 2007

「筑波の紫峰を息子と歩いて」-☆森のクマさん☆

昨日は、息子と二人で筑波山に行ってきました。

常陸の平野の真ん中に立つ筑波山は、
よく晴れた日には千葉にある我家の方からも仰ぎ見ることが
できる大好きな山です。

万葉集に「二神の貴き御山と神代より人の言い継ぎ」と詠まれ、
「雪の富士、紫の筑波」と古来より人々に尊ばれてきた霊山。

頂上のニ峰並立を昔から男神女神として崇められ、
東峰の女体山(877m)にイザナミノ命、西峰の男体山(871m)に
イザナギノ命が山頂磐座に祀られてきました。


つくばエクスプレスに乗ってつくば駅に着き、
そこからシャトルバスに乗り換えて計1時間。
筑波山神社入り口でバスを下り、そこから少し歩くと
神社に到着。
筑波山神社には本殿なく、山を背後に拝殿が建っており、
筑波山本体が御神体です。


1年ほど前に義妹の登山アドバイスをしに筑波の山道を
登りましたが、今回は4歳の息子には登山はまだ早いかなと
ケーブルカーで西峰山頂へ。

すると途中で登山している人を見た息子が
「今度来たときは山登りをしようかな」と言いました。

山頂に着くと、辺り一面靄が立ちこめ霧雨の悪天候。

レインパーカーと帽子を持ち、運動靴も履いてきていたので、
「山歩きに挑戦する?」と聞いてみると、
「うん、歩いてみる」との息子の答え。

そこで、西峰山頂から東峰山頂へ至る山道を歩くことに
しました。

白い靄と小雨に周囲が覆われる中、大小の石がある
ゴツゴツした道を滑らないよう歩いていきました。

途中、ミズナラやブナの巨木が立っており、
その都度息子に教えてやると、前から図鑑で見て
馴染みのあった樹木であったので直に見ることができて、
喜んでいました。

「この森ならきっと木霊(こだま)がいると思うよ」というと、
息子は「ここはいい森なんだね。木霊に会いたいな」と。
山の霊気を浴びて、息子も楽しそうに山歩きです。

しばらく行くと、西峰山頂へ到達。
社をお参りし、無事山頂の上で記念撮影。
ミニ山歩きといえども初の登頂は、息子の記念になりました。

私は、かつて7年ほど前までは、富士山、北岳や北海道、屋久島
など各地の山をテントと食糧を担ぎながら登ったものです。
ですが、ここしばらくは長いブランクを空けていました。

息子と歩いた今日の筑波山のミニ登山。

山頂を目指して友人達とガンガン歩いていた頃の登山とは
違う山歩きの楽しさを感じました。

一人でなく家族で自然を親しむ山歩きの楽しさ。
これから少しづついろんな自然をまわり、一緒に楽しんで
いきたいなと願っています。


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月曜日, 9月 17, 2007

「いまここに生きることの価値」-岸 岩夫、村上和雄

連休に入っての2日間は、父の見舞いに行っていました。

先週水曜日、父は心臓手術をしました。
これは数週間ほど前に精密ドックに入ったところ、
心臓の周りの冠動脈が硬化しているとのことで、このままでは
心筋梗塞になる可能性が高いとのことから行ったものでした。

その夜、母に電話して結果を聞いたところ、
硬化していた冠動脈に手術が施されたが、経過は良いので
大丈夫だろうとのことで、とりあえず安心しました。  

 <心筋梗塞>   
  心臓は心筋を収縮させることで新鮮な酸素と栄養を含んだ   
  血液を全身に循環させています。こうして生命を維持していますが、
  その心筋もまた心臓を取り囲んでいる冠状動脈より、酸素と栄養を
  供給してもらい動いています。   
  その動脈が何らかの原因で障害が起きて、狭窄や閉塞を生じることを
  狭心症、心筋梗塞といいます。


休みに入った土曜日、父が入院している病院へ見舞いに行きました。
術後数日が立っている父は、顔色もよくふだんと変わらない感じでしたが、
手術の話を聞いて驚いてしまいました。

父が施されたのは、コレステロールにより狭くなってしまった
冠動脈の1本に、十分な血液が流れるように内科的治療である「ステント法」
でした。
この方法は、カテーテルを使い、詰まっている部分にステントという網状の器具を
冠動脈に送り込み、血流をよくするというもの。

私が驚かされたのは、父の冠動脈のうち、ある箇所で既に血管が詰まるという
心筋梗塞の状態になっていたそうなのです。
普通であれば、その時点で血流が止まり、即手術を施す必要があります。
(父は以前に胸の痛みや気分の悪さをひどく感じたという時期があるとのことで、
 その時が詰まった状態の時だったのだろうと言っていました)

ところが、不思議なことにその梗塞になった箇所をバイパスする 形で、
新しい血管が動脈に生まれ、この血管が血流させる役割を担っていることが、
今回の手術をしてみてわかったというのです。

私はこの人体が持つ不思議な再生能力に興味を持ちました。
帰宅後に知ったことは、次のようなことでした。

「自家末梢血血管内皮前駆細胞(CD34陽性細胞)という血管の幹細胞が
 人体の骨髄や血液中に存在する。  
 この細胞は、血管の閉塞した臓器や組織に注入されると血管を形成する細胞に
 なる能力がある。  
 血管の閉塞した心臓にこの幹細胞を注射することによって、  
 新しい血管がつくりだされ(血管再生)、血流が改善し臓器機能が回復する。」

外科手術でこの血液を新しく作り出す働きをもつCD34陽性細胞を注入するそうなのですが、
父の場合は自力でこの細胞が働き、血管再生が行われていたのです。
生命の持つ自己治癒力をはっきりと認識しました。

そして、この22日に人生70年を迎える父は、今回の手術が生まれて
初めての入院というもので、生命力の強さをあらためて感じました。


この生命力の素晴らしさについて、遺伝子学者の村上和雄先生はこう語られています。

「遺伝子の世界を見ていると、私たちが生きて存在していること自体が、  
 驚異的なことに思われてきます。  

 私たちは約60兆個の細胞の集合体です。  
 細胞が集まって高度な秩序をもつ器官や臓器をかたちづくっています。    

 たとえば腎臓の一個の細胞を見ると、腎臓の役割をはたすためだけの遺伝子が  
 ONになっていると同時に、腎臓という臓器の一部を形成し、
 さらにほかの細胞と協力して、腎臓という臓器全体を成り立たせています。  

 これは会社勤めのサラリーマンのようなもので、  
 一人の社員は会社の営みの一部分を担っていますが、  
 会社に隷属しきっているわけではありません。
 彼には個人的な生活もあります。  

 細胞も同様で、腎臓の細胞でありながら、それ自身に個性があり、  
 臓器の中で自主的、選択的に働いているのです。  

 これは部分である細胞が、全体としての性質も備えていることを意味します。  

 これらのことは、細胞と臓器の関係だけでなく、  
 人間と社会、人間と地球、ひいては人間と宇宙との関係についても  
 言えるのではないでしょうか。  

 私たち人間は、一人の人間でありながら、  
 全体としては宇宙の一部であるということです。  

 そう考えると、いまここに生きていられるだけでも  
 価値のある、ありがたいものだと思われてきます。  

 中にはそう思わない人もいるかもしれませんが、  
 そう思ったほうが楽しいじゃないですか。  

 そして、感謝して生きるとは、そう思って生きることにほかならないのです。」


父は今月迎える誕生日を境に、経営の第一線から退き、兄に後事を託します。
昔から、父が欠かさず毎朝恒例にしてきたこと。
神棚に水を供え、手を合わせ、大宇宙の神に祈る、ということ。
「自分の全身全霊を生ききるように」と祈っているのだと、
いつか教えてくれたことがあります。

同じ遺伝子を受け継いだものとして、恥じぬように 私も生きていこうと思います。


◎「日環エンジニアリング株式会社」  http://www.nikkan-ks.com/index.htm


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日曜日, 9月 09, 2007

「長月に入りて、心で囁き心に呟く」-☆森のクマさん☆

9月に入ってからすっかり涼しく感じる日がつづいており、
秋の気配を感じることが少しずつ増えてきました。

例年であれば、残暑が未だ感じられるのですが、
このまま秋に 入っていくのではと感じるような一気の風の変わり様です。

・夏の風から秋の風に変わり、  
 駅のホームで扇子を扇がなくてもよいようになりました。
・田圃の稲に黄金色になりつつあり、熟してきた稲の姿を  
 見られるようになりました。
・日没の時間が早くなり、夜の長さを徐々に感じるようになりました。
・しばらく前は夜でも盛んに鳴いていたセミの鳴き声は聞こえなくなり、
 代わりに秋の虫たちの鳴き声が静かに聞こえています。


9月は「長月」。
心で囁き、心に呟く夜長の時と古来から言われてきました。
秋の気配にある”気配”とは、気が一面に伸び広がり、
外見では見えないものを 聴覚や直感など感覚的にとらえた様をいいます。

森や野原を息子と歩いている中で目にした、
秋への移ろいに備えつつある自然の姿。

樹木は、葉を徐々に紅葉へと変えてゆき、団栗の実を大きくしながら
緑から茶へと色を変えてゆきます。

草の葉には露が宿り、朝に夕に白く光って目につくように なります。

こちらが秋の気配を感じようと努めてみることで、
見えてくる自然の中での生の営み。

私は、思わずそっと息子に囁きました。
「あ々、自然の生き物たちは、  
 其の身を取り巻く環境の移り変わりの中で、  
 かようにも生命を最大限に謳歌させようとしているのだよ」と。

その晩、秋への移ろいが感じられつつ中、
過ぎ行く夏を惜しんで父と母と三人で行ったささやかな花火を、
息子は楽しそうに嬉しそうに興じてくれました。


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日曜日, 9月 02, 2007

精神の風が、粘土の上を吹いてこそ、はじめて人間は創られる-サン=テグジュぺリ

サン=テグジュぺリ、
「星の王子さま」の作者である彼は、職業飛行家でもあり、
15年間の飛行家としての日々の中で、砂漠の不時着以外にも
いくつもの困難に遭遇し、その度に自身の持つ強靭な意志で
打ち勝ってきました。

彼は、この飛行家という職業を通して大自然と接触し、自我を
深く掘り下げ、人間の真実の発見に努めました。


「ぼくら人間について、大地が、万巻の書より多くを教える。
 
 理由は、大地が人間に抵抗するがためだ。
 人間というのは、障害物に対して戦う場合に、
 はじめて実力を発揮するものなのだ。

 もっとも障害物を征服するには、人間に、道具が必要だ。
 人間には、鉋は必要だったり、鋤が必要だったりする。
 
 農夫は、耕作している間に、いつか少しづつ自然の秘密を
 探っている結果になるのだが、こうして引き出したもので
 あればこそ、はじめてその真実その本然が、
 世界共通のものたりうるわけだ。

 これと同じように、定期航空の道具、飛行機が、
 人間を昔からのあらゆる未解決問題の解決に参加させる
 結果になる。


 ぼくは、アルゼンチンにおける自分の最初の夜間飛行の
 晩の景観を、いま目のあたりに見る心地がする。
 それは、星かげのように、平野のそこここに、
 ともしびばかりが輝く暗夜だった。

 あのともしびの一つ一つは、見渡すかぎり一面の大海原の
 中にも、なお人間の心という奇跡が存在することを
 示していた。

 あの一軒では、読書したり、思索したり、打明け話をしたり、
 この一軒では、空間の計測を試みたり、アンドロメダの星雲に
 関する計算に没頭しているかもしれなかった。
 またかしこの家では、人は愛しているかもしれなかった。

 それぞれの糧を求めて、それらのともしびは、
 山野の間にぽつりぽつりと光っていた。

 中には、詩人の、教師の、大工さんのともしびと思しい、
 いともつつましやかなのも認められた。

 しかしまた他方、これらの生きた星々のあいだにまじって、
 閉ざされた窓々、消えた星々、眠る人々がなんと
 おびただしく存在することだろう・・・


 努めなければならないのは、自分を完成することだ。

 試みなければならないのは、山野の間にぽつりぽつりと
 光っているあのともしびたちと、心を通じ合うことだ。

 
 たとえ、どんなにそれが小さかろうと、
 ぼくらが自分達の役割を認識したとき、
 はじめてぼくらは、幸福になるうる。

 そのときはじめて、ぼくらは平和に生き、平和に死ぬことが
 できる。
 なぜかというに、生命に意味を与えるものは、また死にも
 意味を与えるはずだから。

 ”精神の風が、粘土の上を吹いてこそ、
             はじめて人間は創られる。”」
 

自分の生まれてきた意味を知り、
自分の役割を果たしていくことが大事なことなのですよね。


***********
アントワーヌ・ド・サン=テグジュぺリ

1900年6月29日フランスのリオン市に生まれ、
1944年7月31日、フランス解放戦争に従軍中、偵察を目的に
単身ライトニング機に搭乗、飛び立ったまま、
地中海上で行方不明となった。
ナチスの戦闘機隊と遭遇し、多勢に無勢、撃墜されたものと
信じられている。


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