水曜日, 1月 02, 2008

「土というものは耕す者の心をうつす」-山本周五郎 

ある作家の言葉に、魂が揺さぶられ、 その一つひとつが深く心に染み渡ります。

作家の名は、山本周五郎
数々の名作を遺した昭和を代表する大作家。
人間の”生”を真正面から肯定し、 真摯に生きることの尊さを力説して、
人生に迷う人々に、 生きる勇気と指針を与えてくれる数々の素晴しい作品。

評論家の木村久邇典氏は、
「明治以降の日本近・現代文学の中で、人間の魂の根底からゆさぶられるような、  
強く激しい感動性をもつ作品を問い続けた作品を尋ねられるならば、  
私は躊躇することなく、山本周五郎を、その第一に挙げる」
と語っています。

「樅の木は残った」、「赤ひげ診療譚」、「青べか物語」、「ながい坂」 などの作品群には、
いずれも人生を真摯に生きる者が深い感動とともに 胸の奥に刻み付けるいくつもの箴言。  

「人間は生まれや育ちは問題じゃない。   
生まれや育ちよりも、いまなにをするか、   
これからなにをしようとしているか、   
ということが大事なのだ」

「なるほど人間は豊かに住み、暖かく着、美味を食べて暮らす方がよい、   
たしかにそのほうが貧窮であるより望ましいことです。      
なぜ望ましいかというと、貧しい生活をしている者は、   
とかく富貴でさえあれば生きる甲斐があるように思いやすい、   

・・・・・美味いものを食い、ものみ遊山をし、身ぎれい気ままに暮らすことが、   
粗衣粗食で休むひまなく働くより意義があるように考えやすい。   
だから貧しいよりは富んだほうが望ましいことはたしかです。   

然しそれでは思うように出世をし、富貴と安穏が得られたら、   
それで何か意義があり満足することができるでしょうか。      

おそらくそれだけで意義や満足を感ずることはできないでしょう、   
人間の欲望には限度がありません、   
富貴と安穏が得られれば更に次のものが欲しくなるからです。   

たいせつなのは身分の高下や貧富の差ではない、   
人間と生まれてきて、生きたことが、自分にとってむだでなかった、   
世の中のためにも少しは役立ち、意義があった、   
そう自覚して死ぬことができるかどうかが問題だと思います。」  

「花を咲かせた草も、実を結んだ樹々も枯れて、   
一年の営みを終えた幹や枝は裸になり、   
ひっそりとながい冬の眠りに入ろうとしている。   

自然の移り変わりのなかでも、
晩秋という季節のしずかな美しさは格別だな」

「土というものは耕す者の心をうつす。」   


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