日曜日, 2月 03, 2008

「自然とは、神が自分自身を愛しむ気持ち」-☆森のクマさん☆

先月、5歳の誕生日を迎えた息子。
彼のここ最近の関心は、様々な生き物のつながり。

昨年の夏・秋と「虫の探検隊」に出かけたことで、
森の中や草原、田圃などに見られる様々な自然の生き物達の暮らしに
強い関心を持っています。


平日の朝起きた途端に、
「パパ、カマキリはバッタを食べる?」
「カブトは何を食べるの?」

・・・・

私は朝の支度に忙しい中、最愛の息子の質問になるべく
答えてあげたいと思うのですが、なにせ朝の1分は貴重な1分。
そうそう丁寧には答えられません。
「良ちゃんが寝ちゃう前に帰って来れたら、答えてあげるよ」
そして出かけます。

仕事を終えて、帰宅すると
待ってましたと息子のニコニコ笑顔。
「パパ、フクロウは何を食べるの?」
「木の蜜に集まる虫の中で、スズメバチは何番目に強いの?」
「タガメとタイコウチがいるところに、
 メダカがやってきたらどっちが食べるかな?」

・・・・

因みに、休みの日は、この質問がずっと続きます。
子供の好奇心のすごさに感心すると共に、
大人のエネルギー、集中力は子供のそれにはかなわないと脱帽です。
私は自然のことをある程度は知っているので、
何とか息子の質問に答えられていますが、段々質問のレベルも
上がってきています。

息子は父親とのやりとりを通して、
自然界には、
・草食もいれば肉食もいる。雑食もいる。
・生き物の生息する環境には、様々なものがある。
・生き物の世界には、競争もあれば協力もある。
とうことを何となく理解してきているようです。

やりとりを繰り返しながら、
息子が自然や生き物の世界の不思議さに驚き、惹かれていることを、
とても嬉しく思っています。

一方で、何よりも大事なことは知識での満足ではなく
自然そのものに直接ふれること。
そのことこそが、子供の成長に大きな役割を果たす。
自分の子供時代を懐かしく振り返り、きっとそうであると
確信しています。

冬の今は、生き物たちは休眠期ですが、これから暖かくなり、
生き物達の春の活動を見たら息子はさぞ喜ぶことでしょう。
親馬鹿の私はその日を心待ちにしています。


そんなことを書きながら・・・
以前に読んだ本の中に載っていた米国ウエスト・バージニアの
山頂の保護活動を行っている女性の話を思い出しました。

 ”ジャネットさんは自分自身が自然の中で過ごした子供時代を
 振り返る時、それが現在の環境活動の源であるばかりでなく、
 精神の栄養になっていることがわかるのだ。

 子供のころには、叔父夫婦の牧場に行くのが大好きで、そこにいると
 想像力と精神とが大きく広がるのだった。
 彼女は、納屋へ、鶏小屋へ、丘の麓へ、牧場へ、渓谷へと、
 目の前に横たわる豊かな自然の中での宝探しの冒険に飛び出していった。
 
 それが猫の赤ん坊が生まれるのを見ることであろうが、
 死んで地面に横たわっている羽毛のない鳥の雛に涙することであろうが、
 命についてのジャネットの好奇心に対して、
 ありあまるほどの学びのチャンスをくれた。
 そして死は避けられないことであることも教わった。

 「私はいまだに、彗星や日食や月食、流星群といった天体の出来事に
  畏怖の気持ちをもっています。

  そうした不思議を見ていると、なぜだか、私が生まれる遥か前にも
  同じように感じていた、数知れない人間や生き物と自分が
  つながっているのを感じるのです。

  無限の宇宙とその神秘とのおかげで、
  私は人生に対して大きな見方をすることができます。
  自然界のありふれたもの、たとえば一枚の鳥の羽が
  100万もの部分からなることに対して、今までよりも大きな驚きで
  いっぱいです。

  子供のころの私は、自然の中に自由の喜びを見つけていました。

  そして今でも流れる小川の脇や、星の天蓋の下にいるときには、
  最も深い喜びを感じます。」

 ジャネットは、自然の中には適切な言葉を超えた何かがあると
 感じるという。  
 彼女はそれを「神が自分自身を愛しむ気持ち」と呼ぶ。

 彼女の娘は成長し、今では遠く離れた都会に住んでいるが、
 やはり同じように感じている。” 
 

自然は子供たちに、彼らが一人ぼっちでないこと、
世界の真実や多様性は彼らの身の丈にあったものだということを
教えてくれます。 


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