日曜日, 4月 13, 2008

「大切なことは、何をしたかではなく、何のためにそれをしたか」-高倉健

先週から新年度に入りました。
現在の仕事である環境社会貢献の仕事に就いてから
8年目になります。

07年度の仕事もなんとか無事に終わりました。
森林生態系保全の仕事で行った、中国雲南省、ガーナ共和国、
沖縄やんばる。
それぞれの地域で出会った様々な人々。

環境NGO、政府関係者、村人、そして子どもたち。
皆、それぞれの未来への期待や夢を持ち、決して甘くない現実の中で
生きている人々でした。
一つ一つの出会いに多くを学ばされます。

年度を終えたという束の間のほっとした気持ちと同時に、
08年度の展望からさまざまな仕事の内容が浮かび、
どのようにそれぞれの良き成果を上げられていくかに
思案が向きます。

昨年度から継続して行う仕事に加えて、
今年度から新しく行う仕事も増えました。


年度が新しく移ってから初めてとなる休日の今日は、
気分転換にと、息子と一緒に、久しぶりに手賀沼周辺をサイクリングし、
そのまま頑張って輪を走らせ、手賀丘公園でたくさん遊んできました。

息子は、春の麗らかな陽気の中で、思い切り走り回り、
体を動かし、たくさん満悦していました。

私は、自転車を走らせる中で、道なりに続く桜並木に咲く
満開の薄紅の花々を多く心の中に収めることができました。


帰宅後読んだ、高倉健さんの随筆。
下記の章に心動かされました。

「映画「南極物語」の撮影ロケで入った南極大陸。
 基地には、小さなデイパック一個しか持って入れなかったんですが、
 一冊の本を詰めていったんですね。

 南極大陸での強烈な、本当に地獄のようなシーン。
 判断を一つ間違えば生命に関わる、
 生命を落としてもまったく不思議ではないという凄まじい場所が、 
 この地球上にはたくさんあるんです。

 ニュージーランドのスコット基地に特別に入れてもらい、
 この間に、恐ろしいブリザードも体験しました。
 人間って本当に、あっけなく死ぬんだなと思いました。
 小さな小さな雪上車の中に、八人の人間が立ったまま、
 外を吹き荒れているブリザードを窓ガラス越しに眺めていた
 あの時のことを今も忘れられません。


 南極に持っていったその本を、懐かしいなと思いながら、
 ページを捲っていると、本文中に、赤で傍線が引っ張ってあるんです。

 「苦しみつつなお働け。
  安住を求めるな。
  人生は巡礼である」

 凄まじい言葉だと思います。

 「人間の真価は棺を覆うた時、
  彼が何をなしたかではなくて、
  何をなそうとしたかで決まるのだ」

 「南極物語」は、1983年の封切りですから、
 随分前のことなんですが、当時迷っていた自分が、
 こうした言葉に励まされ、勇気を貰っていたんだと思います。


 何をなしたかではなくて、何をなそうとしたか。

 近頃もう一つ気になることがあります。
 「何をしたかではなく、何のためにそれをしたか」

 「何のためにしたか」―――。
 そう問いかけることが、とっても大切な時が来ているように
 思います。

 どんな映画を撮るかではなく、何のためにその映画を撮るのか。
 自分はこのことをとっても大切にしていきたいと思います。


 そして、最後に、この言葉を―――。
 
 「身についた能の、高い低いはしようがねえ、
  けれども、低かろうと、高かろうと、精いっぱい
  力いっぱい、ごまかしのない、嘘いつわりのない仕事をする、
  おらあ、それだけを守り本尊にしてやって来た」
                 (山本周五郎「ちゃん」より)」
 

桜花の満開の美しさ、散り際の見事さ。
健さんの言葉にある「何のために仕事をするか」という本質。

心に留めながら、今年も仕事に励んでいこうと思います。


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