金曜日, 4月 18, 2008

「花の命をいただく」-志村ふくみ

先週の土曜日のこと。

春麗らかな日差しがとても心地よい中、
外の景色には桜の残り花が見られ、
家のベランダには、妻が愛情をよく籠めて育てている植物たちが、
色とりどり様々に美しい花を競うように咲かせています。

身近な中に生命の美を感じられる爽やかな季節です。


先日聞いた志村ふくみさんの言葉。
「百の植物に百の色が生まれる」と、
自然に寄り添い、草や木の声に耳を傾けるように制作する染織家で、
紬織りの人間国宝。

常に自然の色をいただく、という感謝の念と謙虚さを忘れず、
植物から丹念に採取した草木の色で糸を染め、紬を織る。
縞や絣など古来の平凡な模様を用いながら、
独自の豊かな感性と創造力、高い技術をもって、紬織を
芸術作品にまで発展させたといわれています。

昨年亡くなった社会学者の鶴見和子さんは、
日常的に着物を愛用していましたが、鶴見さんは亡くなる直前、
「植物染料で染めた手織りのきものを着た時、創造力がわいてくる」
という言葉を志村さんに贈られたといいます。

志村さんは、そのことについて
「私にとっては遺言ですね。
 衣装は命や心を包む布なのに、
 現代の私たちはファッションにすり替えてしまった。
 今、若い人たちが着物に関心を持ち始めたみたいですが、
 それもファッション。
 そこから入ってもいいけれど、民族衣装というのは、
 民族が守ってくれる知恵の深いもの。
 民族を意識しなかったら、着ても何にもなりません。」
と言われました。


「私は今まで、二十数年あまり、さまざまの植物の花、実、幹、根を
 染めてきました。

 ある時、私は、それらの植物から染まる色は、
 単なる色ではなく、色の背後にある植物の生命が
 色を通して映し出されているのではないかと思うように
 なりました。

 それは、植物自身が身を以て語っているものでした。
 こちら側にそれを受けとめて生かす素地がなければ、
 色は命を失うのです。

 ある日、私はふしぎの国のアリスが
 小さな穴からころがり落ちるように、
 植物の背後の世界にころがり落ち、垣間見たように思うのです。

 扉がほんの少し開いていて、そこから、
 秋のはじめの深い森がみえ、
 紅葉しかかったさまざまの樹が、
 陽の光と少しの風にきらめいているようでした。

 一枚一枚の葉はしみじみと染めあげられ、
 その色の美しさはこの世のものとは思われませんでした。
 その後二度とその森をみることはありません。

 ただ、こちらの心が澄んで、植物の命と、
 自分の命が合わさった時、
 ほんの少し、扉があくのではないかと思います。

 こちらにその用意がなく、植物の色を染めようとしても、
 扉はかたく閉ざされたままでしょう。」


先日の風雨の強さで、今年の桜の花々も徐々に散りゆく中、
美しく咲いた今年の姿と同じものは、
二度と見ることはできないのだ、そう思いました。

それゆえに、その姿はより美しく厳粛なのでしょう。


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