土曜日, 5月 10, 2008

「人間は、必ず一人には一人の光がある」-藤尾秀昭

大型連休の前半、妻と息子と私の家族3人で
長野へ小旅行に出かけました。

戸隠神社、アファンの森、小布施、善光寺といった
各所をまわり、その土地土地でのさまざまな出会いや縁に
心豊かになりました。


縁について、藤尾秀昭さんが本の中で紹介していた、
鈴木秀子先生から聞いたというすばらしいお話。

「その先生が5年生の担任になった時、
 一人、服装が不潔でだらしなく、
 どうしても好きになれない少年がいた。

 中間記録に先生は少年の悪いところばかりを
 記入するようになっていた。

 ある時、少年の1年生からの記録が目に留まった。

 「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。
  勉強も良くでき、将来が楽しみ」とある。
 
 間違いだ。他の記録に違いない。
 先生はそう思った。

 2年生になると、
 「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」
 と書かれていた。

 3年生では「母親の病気が悪くなり、疲れていて、
 教室で居眠りする」。

 3年生後半の記録には「母親が死亡。希望を失い悲しんでいる」
 とあり、

 4年生になると「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症になり、
 子どもに暴力をふるう」。


 先生の胸に激しい痛みが走った。
 だめと決めつけていた子が突然、
 深い悲しみを生き抜いている生身の人間として
 自分の前に立ち現れてきたのだ。

 先生にとって目を開かれた瞬間であった。


 放課後、先生は少年に声をかけた。
 「先生は夕方まで教室で仕事をするから、
  あなたも勉強していかない?
  分からないところは教えてあげるから」。

 少年は初めて笑顔を見せた。

 それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。
 
 授業で少年が初めて手をあげた時、
 先生に大きな喜びがわき起こった。
 
 少年は自信を持ち始めていた。


 クリスマスの午後だった。
 少年が小さな包みを先生の胸に押し付けてきた。
 あとで開けてみると、香水の瓶だった。
 亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。

 先生はその1滴を付け、夕暮れに少年の家を訪ねた。
 雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、
 気がつくと飛んできて、先生の胸に顔を埋めて叫んだ。

 「ああ、お母さんの匂い!きょうはすてきなクリスマスだ」

 6年生では先生は少年の担任ではなくなった。

 卒業の時、先生に少年から1枚のカードが届いた。
 「先生は僕のお母さんのようです。
  そして、いままで出会った中で一番すばらしい先生でした」


 それから6年。
 またカードが届いた。

 「明日は高校の卒業式です。
  僕は5年生で先生に担当してもらってとても幸せでした。
  おかげで奨学金をもらって医学部に進学することができます。」


 10年を経て、また、カードがきた。

 そこには先生と出会えたことへの感謝と
 父親にたたかれた体験があるから
 患者の痛みが分かる医者になれると記され、
 こうしめくくられていた。

 「僕はよく5年生の時の先生を思い出します。
  あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先生を、
  神様のように感じます。
  大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、
  5年生の時に担任してくださった先生です」


 そして1年。
 届いたカードは結婚式の招待状だった。
 「母の席に座ってください」と一行、書き添えられていた。 」


 藤尾さんはこの話に
 「たった1年間の担任の先生との縁。
  その縁に少年は無限の光を見出し、
  それを拠り所として、それからの人生を生きた。
  ここにこの少年のすばらしさがある。

  人は誰でも無数の縁の中に生きている。
  無数の縁に育まれ、人はその人生を開花させていく。
  大事なのは、与えられた縁をどういかすかである。」

 と語っている。 


「人間は、必ず一人には一人の光がある」という先達の
言葉があります。

真の光をどのように放てるか。

それは、自己の自覚と行動次第によるとは思いますが、
人生において与えられた縁を活かすということを相重ねながら
心がけていくことが大切なのでしょう。




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