国家100年の計は人にありといわれます。
国・地域・家庭の基盤である人材育成をいかに行なうか、
日本人としてのアイデンティティを見据えた上でのものでなければ、
漂流する日本の状態を食い止めることはできないと思います。
教育のあり方が社会の各所で議論されていますが、
「人づくり」というものの本質を踏まえたものではなく、
これまでの焼き直しをいかに行なうかという表面上のやりとりが
多いように見られてしかたがありません。
歴史に学ぶ、という大切な視点から、
一つの例を挙げましょう。
”江戸時代中期、
肥後の国熊本の藩主であった細川重賢は、
時習館という藩校を設立して、
秋山玉山という人を初代校長に任ぜました。
重賢は、玉山に
次のようなことをお願いしたといわれています。
「先生は国家の名大工であり、
木づくりの名人だと思います。
したがって、教育にあたっては、
「人づくりは木づくり」
と考えていただけますか。
そのために、木配りを大切にしてください。」
(木配り:学ぶ子が、杉なのか、松なのか、
欅なのか、樫なのかなど、
何の木にあたるかを確定するという意)”
木の種類により、
養育方法は異なるものであり、
施肥の仕方、剪定の仕方など全然異なるものです。
つまり、重賢は教育にあたって、
「一本一本の木の性格が異なるように、
その木に見合った教育をしてほしい」
ということを依頼したのです。
画一化の弊害がとかく言われる中で、
人間というものの多様性を理解して
人材づくりを考えた重賢さんの素晴らしさを
私たちは現代に活かすべきでしょうね。
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さらばBAU
1日前
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