月曜日, 7月 28, 2008

「森の保全は、国の保全」-☆森のクマさん☆

人の心と自然の状態は、比例するといわれます。

戦後、この国は経済的に豊かになったけれど、
心の豊かさを忘れてしまい、
欲望民主主義というような形態が生まれ、
他者よりも自己優先といった風潮になりました。

その結果、他国に比べて
とても豊かと評されていた日本の自然は
荒廃しつつあります。

昔から人々と共にあった、きれいな川、緑ゆたかな森、
そしてそこに生きる様々な生命達が
次々に失われつつあります。

この流れを変えていかなければ、
自然を守っていかなければ、といつも強く思います。


ある方が言っていましたが、
「今日の森林問題が抱えている深刻な問題は、
 森林がいかに美しく豊かで、
 日々の暮らしに役立つものであっても、
 市場経済の尺度でみれば、
 たいした価値を生み出さない。

 木材生産が森林経営として成り立たないかぎり、
 市場経済的には森の価値はほとんどなくなっている。」

かつて、里やまの文化では
伝統的な村の暮らしとして、村人が豊かな森に包まれ、
その恵みを生かしながら暮らすことが
可能であった経済が存在しました。

森のなかから山菜や茸を採取し、
山にマキを求め炭を焼き、
森の木を育て敬う、営みが存在したのです。


日本の森林2,500万haの4割にあたる1,000万haが、
人工林になっていますが、
そのほとんどは戦後に植えられたものです。

戦中・戦後復興期の乱伐によって生まれた
ハゲ山に植林されたもの。

国有林の拡大造林政策、
生活スタイルの変化(消費は美徳、大量生産・大量消費など)により、
里やまにあった広葉樹林は次々に消え、
市場経済で価値を持つスギ・ヒノキなどの針葉樹林へ
変わっていきました。

しかし、アジア諸国からの安い輸入材に
その位置をとって代わられ、
国内の森林経営はどこも成り立たなくなりました。

その結果、林野庁の莫大な赤字と国民への負担、
民間経営の破綻による森林管理の放棄、
そして森林の荒廃。

森を育てるということは、
実に時間がかかり根気のいる仕事であり、
これを工場の自動化生産のようにしようとしたのは、
短絡的な試みでした。


今日、国が行っている森林保護政策としては、
林野庁が全国の主たる森林地域を
「森林生態系保護地域」と設定しています。

知床半島、白神山地、屋久島など
過去に「自然保護か伐採か」をめぐって
大規模に争われた地域が指定されています。

この「森林生態系保護地域」には、
いっさいの利用を禁じ保護する「保存地区」、
保存地区を包み込むように設定され、
生態系が変わらないように保護することに重心をおいて、
その範囲で利用する「保全利用地区」
などの区分けがあります。

一見、これはその地域を荒らすものが
ないように見えます。

しかし、もともとその地域を利用してきた
村の人達が入ることを禁止されるという、
森と人との関係を絶つものになっています。

保護か利用かの二者択一の発想で、
この制度は考えられたように思えます。

そこには森林の利用は、
商品経済の中で木材を生産するゾーンと
保護するゾーンに分けただけという
浅慮が見られてなりません。

森林と人との関係は、ただそれだけにあるとは思えません。

昔の利用そのままでなくても、
今の時代を考えた利用が他にあるはずです。

このことを考え、
森林を守り維持していくことが必要だと思います。


森林の保全を考えるとき私が参考にしているのは、
かつて99年に訪れた北海道富良野にある
東大演習林の保全方法。

当地では、初代林長であった
高橋延清先生(どろ亀先生)による
世界的に評価の高い「林分施業法」を用いて、
林内をグループ分けし、10~20年の周期で択伐を行っていました。

林内での平均の樹木の量は、
他の森林の倍以上になっており、
緑の豊かさを保ちながら木材を供給し続けています。

人が手を加えることによって、
森の生命をより豊かにするという森林保全のすばらしい例。


日本人は、もっと自然との関わりを深く考え、
自分達の文化を考える必要があります。

どの道をこれから歩んでいくことがいいのか、
真剣に考えていく必要があります。

そうでなければ、
亡くなられた司馬遼太郎さんが生前心配していたように、
この国は滅ぶのではないか、そう思えてなりません。

そうならないように、
森林を愛する意識ある人々と共に、
この国のすばらしい自然を守り、
子供たちにつないでいきたいと願っています。


お越しいただき、ありがとうございます。共感したら、Click me! 

0 件のコメント:

フォロワー

amazon