日曜日, 8月 24, 2008

「自然と語ることの大切さ」-佐野藤右衛門

私は樹木が大好きです。
特に巨樹の木が。

森の中を歩いたとき、
巨樹に出逢えると嬉しくなって近寄ります。

「貴方はこの場所に立って、
 ずいぶんいろいろなものを見てきたのでしょうね。」

木肌に触りながら、心の中でそう話しかける私に、
おやおや変わった奴が来たぞ、と
巨樹のおじいさんは笑っていることでしょう。

巨樹に惹かれる理由は何でしょうね。

それは、自分の半生を省みたときに、
通じるものを強く感じるからです。

「曲がり曲がって、真っ直ぐに伸びていく」という人生。


私は学生時代、
神話や先住民の精神世界を学び浸っていたのですが、
卒業後に選んだのはSEの仕事。

機械的な世界に入る中、
その反動で有機的なものに触れたいということから
登山に踏み込み、
屋久島で遭難しそうな体験をしました。

そこで生かされて生きている己に気づくことができ、
生命の尊さと有り難さを学びました。

第二の人生は、生命を育んでいる自然に深く感謝し、
これをケアしていくことと決意し、自然環境保全を学び、
現在の仕事に至っており、
「人と自然とのつながり」、「人と人とのつながり」
取り戻していくことがとても大事であると常に思っています。


この「曲がり曲がって、光を求め真っ直ぐに伸びていく」
生き方をしている大先輩が森の樹木たち。

彼らは、それぞれが最初に与えられた場所に適応しながら
生きています。

自己の生命を毎年積み重ねていく中で、
環境条件に応じて自己を適応させ、
陽光を求め伸びていく方向や枝の張り方を変えていきます。

周囲を高木が囲んでいたら、
しばらくじっとして少しの光で我慢しながら育ち、
やがて高木が倒れると、
「それ、そっちだ」と頑張って伸びていく。

植物たちは、周囲の動物たちとも共生しあい、
命をつなげあって逞しく生きています。

森の世界は、実に多様で美しいものです。


自然を愛する方の御一人、佐野藤右衛門さん。
当代きっての名桜守です。

以前にTVで、佐野さんを知って以来、
その生き方や言葉に強く共感しています。

佐野さんは、現代において大切なことは、
「自然と語ること」とおっしゃっています。

「今なあ、自然破壊やら地球温暖化防止やら、
 いろいろと声を上げておる人がようけおるやろ。

 それも大事や。
 わしもだいぶ前から、自然がおかしくなってきとる、
 と思うてたんやから。
 木を育てる仕事をやっとるとなあ。

 けど、そうしたのは、人間やで。

 人間が勝手に人間だけの都合で、
 ものを進めてきたからなんや。

 もう人間は、
 自然との接し方がわからんようになってきてる。

 というより、
 「人間は自然の一部」という基本を忘れてしもてんねん。

 で、大上段に言葉だけで自然保護を叫ぶのはあかん、
 と思うんや。

 そやのうて、わしらひとりひとりが、
 土と語り、水と語り、木と語っていくことが大切なんや。

 それが自然を知ることや。」


夏の暑い日差しの中、
森に入ると自然の涼しさに身も心も癒されます。

見上げると、その目に映し出される大きな樹木の有り難さ。

さあ、明日からまたがんばっていこうと、
大きな励ましをもらいます。


お越しいただき、ありがとうございます。共感したら、Click me! 

日曜日, 8月 17, 2008

「人を愛し、土と水と緑を守る」-直江兼続

夏季休暇の今週、前半は越後の国新潟へ行ってきました。

南魚沼市に入ると街の商店街には多くの小旗が。
「天地人」、「愛」と書かれています。

この地は、2009年の大河ドラマに決定した「天地人」
主人公・直江兼続とその主君・上杉景勝という
二人の英雄の生誕地。


上杉景勝は、名将上杉謙信の養子であり、
謙信死後の越後国主。

豊臣政権下では、会津120万石という大名になり、
秀吉亡き後の関ヶ原の戦いの後、米沢30万石となるものの、
物事にこだわらず、己の信念を貫き、
爽やかに戦国を生き抜いた名将。
そして、兼続の最大の理解者でもありました。


直江兼続は、主・景勝と共に謙信の遺風を尊び
義を重んじ、民心を安んずる治政を第一としました。

窮地にあっては、常に義の真理を貫き、
強者に屈せず堂々と対峙して上杉家の威風を示したと
いわれています。
学問を尊敬し、当代一流の高僧たちとの親交を深めた
文化人としての素養に、かつて秀吉は、
「天下の治政を任じ得る人物」として
兼続の人品を武士の典型と絶賛しました。


私は今から17年前に読んだ、「北の王国」(童門冬二著)で、
直江兼続を知り、以来心の中に名前が記憶されてきました。

それは、兼続の思想の中心にあった「土と水と緑」
惹かれたからです。

彼の生きた時代、一次産業の農が基本であり、
兼続は人を愛し、素朴な土と人間に対する愛情が上方中央政権に
巣くっている権力者たちに破壊されている現状を見て、
「これはならない」と決意し、
「中央政権とは別な自治の政府が、地方にあってもいいのではないか」
と考え、実行します。

しかし、時代の趨勢で徳川が勝ち、
戦後仕置きの結果、主人の上杉景勝を自分の領国に
転がり込ませるような参謀としての失敗をしながらも、
その景勝からも上杉家の人々からも恨まれなかったといいます。

兼続の目指す道を、皆が手を組んで歩んでいったのです。
とくに、領民たちが一緒になって。


兼続の兜の前立に飾られていた「愛」という一字。
このような武将は、数ある中でも彼だけであったことでしょう。

師であった通天存達の教え、
「国の成り立つは、
 民の成り立つをもってす。」
ということを理想としたものです。

彼は、領民を愛するために、
生命をかけて戦い、命をかけて国を守り抜いたのでしょう。

かつて二人の英雄が生きていたこの魚沼の地。
この地のすばらしき「土と水と緑」の自然にふれて
生き生きと遊ぶ息子を見ながら、そんなことを思いました。


お越しいただき、ありがとうございます。共感したら、Click me! 

日曜日, 8月 03, 2008

「蝶になった子供たち」-エリザベス・キューブラ・ロス

エリザベス・キューブラ・ロス。
皆さんはご存知でしょうか。

2004年に亡くなった彼女の死を世界中で多くの人たちが
悲しんだといいます。

彼女が多くの人の死を看取る中で経験したのは、
「現実の肉体=さなぎ をまとっていても、
 人は亡くなると魂=蝶 になって解き放たれていく」
ということだったそう。


ロスの話の中でも、
医師から余命3ヶ月と宣告されたダギーという
9歳の少年とのやりとりには、
深く胸をうたれます。

「大好きなロス先生。
 あと一つだけ聞きたいことがあります。
 
 いのちってなんですか?
 
 どうして子供が死ななくちゃいけないの?」

ロスは答えます。
「ほんの短い間だけ咲く花もあります。
 
 春がきたことを知らせ、
 希望があることを知らせる花だから、
 みんなから大切にされ、愛される花です。

 そしてその花は枯れます。

 でもその花は、やらなければやらないことを
 ちゃんとやり終えたのです。」


人生の中で、人はさまざまな試練にあいます。
辛く悲しい思いを繰り返します。

しかしその時こそ実は、
この上ない”学び”のチャンスなのだと
ロスはいいます。

前向きに生きていくことができるか。
苦しみを成長の機会に転じうるかどうか、
試されるのです。

その試練に合格したなら・・・


癌にかかり死を目前に控えた子供にロスは、
次のような手紙を差し出しています。

「地球に生まれてきて、
 あたえられた宿題をぜんぶすませたら、
 もうからだを脱ぎ捨ててもいいのよ。

 からだは、そこから蝶が飛び立つさなぎみたいに、
 たましいをつつんでいる殻なの。

 ときがきたら、からだを手放してもいいわ。

 そしたら、痛さからも、
 怖さや心配からも自由になるの」

輝いているいのちは本当に美しいと思います。


お越しいただき、ありがとうございます。共感したら、Click me! 

フォロワー

amazon