日曜日, 8月 17, 2008

「人を愛し、土と水と緑を守る」-直江兼続

夏季休暇の今週、前半は越後の国新潟へ行ってきました。

南魚沼市に入ると街の商店街には多くの小旗が。
「天地人」、「愛」と書かれています。

この地は、2009年の大河ドラマに決定した「天地人」
主人公・直江兼続とその主君・上杉景勝という
二人の英雄の生誕地。


上杉景勝は、名将上杉謙信の養子であり、
謙信死後の越後国主。

豊臣政権下では、会津120万石という大名になり、
秀吉亡き後の関ヶ原の戦いの後、米沢30万石となるものの、
物事にこだわらず、己の信念を貫き、
爽やかに戦国を生き抜いた名将。
そして、兼続の最大の理解者でもありました。


直江兼続は、主・景勝と共に謙信の遺風を尊び
義を重んじ、民心を安んずる治政を第一としました。

窮地にあっては、常に義の真理を貫き、
強者に屈せず堂々と対峙して上杉家の威風を示したと
いわれています。
学問を尊敬し、当代一流の高僧たちとの親交を深めた
文化人としての素養に、かつて秀吉は、
「天下の治政を任じ得る人物」として
兼続の人品を武士の典型と絶賛しました。


私は今から17年前に読んだ、「北の王国」(童門冬二著)で、
直江兼続を知り、以来心の中に名前が記憶されてきました。

それは、兼続の思想の中心にあった「土と水と緑」
惹かれたからです。

彼の生きた時代、一次産業の農が基本であり、
兼続は人を愛し、素朴な土と人間に対する愛情が上方中央政権に
巣くっている権力者たちに破壊されている現状を見て、
「これはならない」と決意し、
「中央政権とは別な自治の政府が、地方にあってもいいのではないか」
と考え、実行します。

しかし、時代の趨勢で徳川が勝ち、
戦後仕置きの結果、主人の上杉景勝を自分の領国に
転がり込ませるような参謀としての失敗をしながらも、
その景勝からも上杉家の人々からも恨まれなかったといいます。

兼続の目指す道を、皆が手を組んで歩んでいったのです。
とくに、領民たちが一緒になって。


兼続の兜の前立に飾られていた「愛」という一字。
このような武将は、数ある中でも彼だけであったことでしょう。

師であった通天存達の教え、
「国の成り立つは、
 民の成り立つをもってす。」
ということを理想としたものです。

彼は、領民を愛するために、
生命をかけて戦い、命をかけて国を守り抜いたのでしょう。

かつて二人の英雄が生きていたこの魚沼の地。
この地のすばらしき「土と水と緑」の自然にふれて
生き生きと遊ぶ息子を見ながら、そんなことを思いました。


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