火曜日, 9月 30, 2008

「モノ創りを尊ぶ資本主義へ」-寺島実朗

連日、米国の金融不安の報道がメデイアで踊っています。

先日の米証券大手リーマン・ブラザーズ社の経営破たん。
「米大手銀行・証券が破産法の適用を申請するのは異例。
 身売り先が見つからず、自主廃業を迫られた山一証券と
 似た状況。
 3月に事実上、破綻した米証券業5位のベア・スターンズ
 に続いて、半年間で3社の大手証券が淘汰にさらされる
 異常な事態。」

米住宅市場の低迷や景況感の落ち込み、失業率の上昇などから、
大恐慌以来最悪の不況になる恐れがあるとも言われています。

これを受けて、欧州主要株式市場は急落。
金融市場の混乱を抑えるため
欧州中央銀行(ECB)は、300億ユーロ(約4兆5000億円)を
市場に緊急供給。

この余波は当然日本にもあり、
休み明けの証券取引にどれだけの影響が出るでしょうか。
今後、金融システムの安定に日米欧当局がどれだけ連携し、
対応していくか注目されます。

私は今回の低所得者向け住宅融資「サブプライムローン」
問題に伴う昨年夏以降の混乱を新聞メディアで見ながら、
日本国内でのライブドア、村上ファンドなどと同列にある
競争主義・市場主義の浸透によるマネーゲーム手法の破綻であり、
当然の帰結であると思っています。

24時間オンラインでの金融商品や先物商品の売買、
何にでも金になる売買の対象としての証券化。

米国流の資本主義によれば、経営の目的は「株主価値の最大化」。
株価が高く、配当が多く、株主への説明責任を果たしている経営が
評価されるのだといいます。

そして、バブル清算以降、日本の社会、企業もまた
この企業統治を目指してきたのです。


かつて寺島実朗氏(日本総研会長、三井物産戦略研究所所長)が
話されていた今日を予言するかの如く、
企業経営の再考を促すような言葉を思い出しました。

「ITは産業社会を変え、情報ネットワーク技術革命が
 進行しなければ成立しえない金融ビジネスモデルを肥大化させた。

 マンハッタンの摩天楼から下界を見下ろすように、
 オンラインでつながったパソコンの画面を眺めながら
 金融商品の利ざやを漁り、
 企業を商品のように売買するMBA取得のエリート達に
 違和感を覚え、
 経済行為とは何かを自問自答した思い出がある。

 額に汗する産業活動を軽視し、世界の不条理に無関心な
 経済行為が健全といえるであろうか。

 資本主義とは本来的に勤勉、誠実、信用をモチーフとして
 事業を育てる意思によって成立したものであり、
 悪知恵を競うものではない。


 この十数年の日本は、それまでの日本型資本主義とか
 日本的経営といわれたものを、
 「右肩上がり時代の残骸」として排除し、
 競争主義・市場主義の徹底と米国流の株主資本主義への
 傾斜を強めた。

 しかし、中間層を厚く持ち、勤労を尊ぶ健全な産業観を
 醸成したことが
 日本社会の安定をもたらしてきたことを再考すべきでは
 ないのか。

 世界における資本主義の在り方に関する議論は一歩前に進み、
 CSR「企業の社会的責任」の大切さを問いかけている。

 「会社」という仕組みを社会的問題解決のために
 機能させることが大事である。


 本来、米国の軍事技術して開発された情報ネットワーク技術が、
 冷戦の終焉によって民生転換されたのがインターネットである。
 そのIT革命のプラットホームの上に多くの富を得た存在は、
 社会責任を自覚しなければならない。

 資本の横暴を批判された時代を経ながら、
 資本主義は自省の中で進化したはずだ。

 この仕組みに参画する者の節度と経綸が
 新しい可能性を開くことを自戒したい。」
 

現代の資本主義体制の社会の中で生きる者として、
表層的な言葉に踊らせられることなく、
短絡的な損得に手を貸すことなく、
本質を探求しながら自己の価値基軸を模索して、

額に汗して技術を開発し、モノを創り出すことを尊び、
勤勉と節約の価値を大切にする資本主義の正統性を担う側に
生きていこうと思います。


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月曜日, 9月 08, 2008

「目に見えない「何か」を見ること」-北米先住民

爽やかな秋の風が森の中を通り、樹冠の間から差し込む
陽光を心地よく受け止める時間。

自分の五感を通して、同じ空間にある様々ないのちとの
交流を楽しめる時間。

己の息吹と、自分を取り巻く自然(じねん)の存在たちとの
やりとりを楽しみながらの至福の時間。

目には見えない「何か」が確実にあること、
その何かにふれることで、
生きていることの喜びを感じられた時間でした。


「一粒の砂の中に世界を見ること。

 一本の野の花の中に天国を見ること。

 自分の手のひらの中に永遠を持つこと。

 そして一時間の中に永遠がある。」


           北米先住民の言葉


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