水曜日, 10月 29, 2008

「時代を超えた竜馬の魅力」-司馬遼太郎


NHK大河ドラマ「篤姫」。
高い視聴率をずっと維持し続けていますね。
話の中身は、幕末の動乱を描いており、
維新の英雄達が多く登場しています。

混迷の中にある現代日本において、
久しく待望されているのが社会を正しく強く
引っ張っていくリーダーの登場。
決して最近議員辞職を表明した元首相の
ように社会のゆがみを生み出すような人物ではありませんね。

維新の英雄達の中でも、傑出した世界観を持っていたのが
坂本竜馬でした。
名作「竜馬がゆく」を書き、この日本人として桁の違った好漢を
描いた司馬遼太郎さんは竜馬の魅力をこう語っています。
「竜馬という人はくさみのない人でした。
 競争心とか、自分を押し出してよく見せたいという意識がなかった。

 どういう訓練を経てきたのか、そういう意識が非常に薄かった。
 この薄かったことが重要でした。

 薩長連合という成しがたい、仇敵のように憎み合っていた
 両者を結びつけたのは、竜馬のくさみのなさでした。
 幕末において薩長が連合すれば幕府を倒せるということは
 誰でもわかっていたのです。

 幕府を倒さなければ日本が滅びます。
 アヘン戦争のようなことが起きるかもしれない。
 列強の植民地になるかもしれない。
 侍たちはそう思い、庶民だって思っていた。

 理屈はみんなわかっていた。

 竜馬は言い出しっぺにすぎません。
 しかし、坂本が言ったから両方ともOKということになった。
 薩長連合を成功させて自分の手柄にするといった
 意識がまるでなかったのです。

 時期も時期でした。両藩とも弱っていました。
 今だ、ということを見抜く能力も竜馬天性のものでした。

 大政奉還も坂本竜馬の構想であります。
 竜馬には勤王も佐幕もなかった。
 革命家でありながら、アウトサイダーではなく、
 インサイドにいて日本の設計図を持っていた。
 おそらく竜馬が持っていた設計図は、アメリカに似た
 制度だったと思うのです。

 ただ薩長の考え方は違いました。
 西郷、大久保らは社会学的な頭を持った革命家ですが、
 国学者の中にはファナテイック(狂信的)な国粋主義者も多かった。
 彼らを抱き込んで革命は成功したため、
 「太政官」という言葉に代表される復古的な要素が明治維新
 にはつきまといます。

 そのにおいを竜馬はかいだのでしょう。
 どうも自分が思っている国家の青写真とは違っていると、
 少し絶望的な気持ちもあったと私は思います。

 あれやこれやで新政府の準備が始まります。
 西郷は、新政府の名簿を作ってくれと竜馬に頼みます。
 竜馬がいまでいう閣僚名簿を作り、それを西郷は見る。

 しばらくして西郷が言いました。
 「坂本さん、あなたの名前がありませんぜ」

 竜馬に同行した陸奥宗光は生涯、このときの様子を語り続けました。
 陸奥は明治20年代に外務大臣をつとめ、日本の外交史上、
 不世出の働きを残した人でした。
 紀州の出身で、竜馬が好きでたまらなかった。
 竜馬の人柄、思想、世界観、全部が好きで、心酔しきっていた。

 竜馬は柱によりかかりながら西郷に答えます。
 「私は役人になろうと思ったことがないんです」

 さすがの西郷も驚きます。
 西郷も欲の少ない人ですが、ここまで無欲ではありません。
 新政府の指導者にはなろうと思っていましたから、
 やや鼻白む思いにもなった。

 「では、あなたは何をするんだ」
 と聞くと、竜馬が言いました。

 「世界の海援隊でもやります」
 世界を相手に貿易したいということですね。
 西郷はますます驚いた。

 竜馬は世界に出たかったのです。
 カネもない浪人を集めて、長崎で商船隊をつくったのも
 そのためでした。
 はじめが亀山社中、のちの海援隊でした。

 「竜馬がゆく」を書き終り、情けないことですが、
 私はようやく気づいたのです。
 竜馬にとっては明治維新そのものも片手間だったのです。
 それぐらい世界が魅力だった。


 坂本竜馬は勝海舟の弟子でした。
 神戸海軍塾に入り、塾頭になっていたことがあったのです。
 海舟は竜馬が可愛かったのですね。
 「氷川清話」という本の中に、33歳で死んだ青年、
 かつての弟子に対し、過剰なまでの言葉を残しています。

 どういうことかと言いますと、西郷隆盛と関係があります。
 西郷は言うまでもなく、幕府の反対勢力になりつつあった
 薩摩藩の指導者です。
 幕臣の海舟としては警戒すべきなのですが、
 海舟は西郷も好きだったのですね。
 大変な人物だと思い、友情を感じていた。

 自分の好きな人間同士を会わせたいと思ったのでしょう。
 あるとき簡単な用事を竜馬に頼み、京都の薩摩藩邸に
 行ってもらった。
 神戸に帰ってきた竜馬に西郷の印象を聞くと、
 竜馬は表現力のある人でした。

 「小さく突けば小さく鳴り、大きく突けば大きく鳴る。
  西郷は釣り鐘のような人ですな」

 このことに深く海舟は感じ入ったのでしょう。
 「氷川清話」のなかで、竜馬をこう評しています。

 「評するも人、評さるるも人」

 人とは、巨大なる人という意味でした。
 巨人が巨人を評したのだと言っている。

 日本人として桁の違う、実に大きな人、
 それが竜馬でありました。」


竜馬は同時代の人々が、倒幕とか攘夷とかを唱えている中で
只一人そういった世界を突き抜けていました。
自然と大きく物事の本質を押さえ、全体像をつかむ。
そして目指すべき方向に皆を動かしていく。

待望すべきリーダー像に坂本竜馬を思い浮かべるのは、
私一人ではないことでしょう。


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