月曜日, 1月 12, 2009

「自然のなかにあるさまざまな時間を感じる」-中村桂子


昨晩は満月が夜空にとてもきれいに輝いて見えました。
寒いのを忘れて、しばしうっとりと魅せられてしまう力を
持っていました。
月を見ている自分と、地球の多くを照らしている月と。
この瞬間に自分と月との間には境がなく、一体化しています。

そしてこの月は、これまでに地球に存在し生成してきた幾多の生命を
見つめてきたことでしょう。
悠久というとてつも長いさまざまな時間が流れてきたことを
感じさせられます。

生命誌の研究に取り組まれてきた中村桂子さんは
こう語っています。

『いまの世の中は効率第一、時間も時計の示している時間
 だけですよね。
 だから何時何分に会いましょうとか、五分でやりましょうとか。
 それはきめないと世の中動きませんから、この時間ももちろん
 大切ですし、速くやる必要のあることもあるんですけれど、
 一本の木が立っていたときに、
 この木がここまでなるのに何年かかっただろうと思うと、
 百年だったり五百年だったりするわけですね。

 そのことを感じないと、ここに家をつくろうと思うと、
 ぱっと伐ってしまうわけでしょう。
 私の家の近くでも、昨日まですてきな雑木林だと思っていた
 ところが、今日歩いてみたら、 
 一本も樹が残っていない平らな宅地になっているということが
 しばしば起きています。
 しかも、その土地を買った人はまた小さな苗を植えるのです。
 伐らずにそのまま売れば買った人は、一本一本を大事に考えて
 家を建てるでしょう。
 この木は何十年立ってるかと思うと、これを生かしてつくる方法は
 ないだろうかと考えると思うんです。

 しかもそれを生かして建てた方が質の高い生活環境になる。
 実は、百年、二百年という時間は、身の回りにたくさんあるのに
 気づかないのです。
 そういう風に考えると、長い時間が身近になるはずです。 
 私が生きものは四十億年も続いているんですよというと、
 そんな時間考えられませんと言われてしまうんですけれど・・・。

 身近な木の時間とか、どうして私はここにいるんだろうと
 思ったときに、両親がいて、そのまた両親がいてと思うと、
 すぐに千年や二千年は戻っていけますよね。
 そうやって、いろいろな時間を自分の気持ちの中に持つと、
 単に大急ぎでやったり、じゃまだから伐ってしまおうみたいには
 ならないでしょう。
 しかも技術は否定しないで生きていくという選択はできると
 思うのです。

 ですから私はみんなが時計の時間だけでなく、自然のなかに
 入っているさまざまな時間を感じて暮らして欲しい。
 それは、自分のなかに入っている時間でもあるわけですから、
 そういう複数の時間を、日常のなかでも感じ取るというのが、
 命を大切にするということの一つの具体的な方法ではないかと
 思っています。』


近年の反省に立ち、科学技術を人間や自然を破壊するのではない形に
変換していくことが求められています。
自然破壊とは外部の自然を壊すだけでなく、人間自身の内なる自然の
破壊でもあることに気づき、「人間が自然の一部である」という
基本を真ん中に置いた発展を
私たちは目指していかねばならないと思います。


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