木曜日, 2月 05, 2009

「一日接すれば一日の愛が生じる」-西郷隆盛


如月に入りました。

本来であれば真冬の凍て付く寒さに朝晩の通勤が辛いはずですが、
今年は年明け1月からさほど厳しい寒さを感じた記憶が
あまりありません。
たしかに駅へ向かう通勤路でわずかに残された土の見える場所を
朝方通っても、霜が降りた様子を見たのは数回程度でした。

昨日は立春。
昔から、「東風氷を解く」と言われ、春が一歩近づくことを
感じられる時節。

今晩私は、ふと気が向いて「老子」を読み、
ある一章の言葉に心が深く寄せられました。

『埴をこね、もって器を為る、
 その無に当たりて器の用あり』

(粘土をこねて、茶わんや花びんをつくる。
 それぞれの器の内部の、からっぽの「無」の部分があるから、
 役に立つのである。
 粘土をこねてつくった茶わんの形のあるところも、大切だ。
 が、もうひとつ、茶わんの中のからっぽの部分があるから、
 ご飯を入れたり、みそ汁を入れたりすることができる。 
 有形の茶わんを役立たせるのは、
 なんにも見えない茶わんの中の「無」であるということを、
 深く見つめ、その働きを考える)

かつて、人間のえらさを測る一つの物差しは、
その人間がなしとげた事業の大きさであり、
もう一つは、そういう仕事を行ったのがどのような人間であったか
である、と聞いたことがあります。

この「腕と人柄」を両方兼備していたのが、西郷隆盛でした。
徳の高さと私心のなさから、多くの人々に敬愛されました。

『西郷先生は不思議な人格だ。
 一日接すれば一日の愛が生じ、二日接すれば二日の愛が生じる。
 おれはもう数ヶ月接してしまった。
 おれはもう西郷先生とともに死ぬしかなくなっている』
 
 西南の役の折、大分県臼杵の士族隊の隊長が、
 敗戦濃い日、国もとから早く帰れと言ってきたので部下を
 帰国させた時にこう歎じたといいます。

こういう仕事をした人だというよりも、
こういう人柄の人であったという方が、いつまでも
人をひきつけるものですね。
その人の品性の高尚さと、徳の高さが大事なのだと思います。

『敬天愛人』まさしく西郷さんは、天を敬い人を愛した、
無為自然の巨人でありました。


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