木曜日, 5月 28, 2009

「地球の生命維持システムの大切さを知る」-ポール・エーリック


5月22日は「国際生物多様性
の日」。
日本ではおそらく多くの方が
知らなかったのではないで
しょうか。
来年2010年は「国際生物
多様性年」ですが、10月
には名古屋で、第10回「生物多様性条約締約国会議」が開催
される予定です。

私たち人間がこの地球という星に住み、生活を送っていられるのは
様々な生き物たちの生命活動によってだということが、あまりにも
あたりまえになっており、その大事なことが意識されていません。

人間社会が作り上げてきた20世紀型の仕組みは、多くの資源を浪費し
大量の生産・消費・廃棄を繰り返しています。
地球のありとあらゆる場所で、穀物や動物、石油、ミネラル、森林、
そして魚介といった資源を消費しているのです。

これを支えてきたのは生態系からの無償のサービス。
しかし、止むことををしらない貪欲な人間社会の活動のために、
破綻し始めています。

私たちは何か新しい体系に転換を図ることが必要です。
それこそが「持続可能な社会」とよばれる地球の生命の循環に
則ったこれからの社会システムです。

「人口爆弾」の著書で知られるポール・エーリック博士は、
こう語っています。

『私たちにとって、またすべての生物学者にとって明らかなことは、
 環境の中で起こっていることが、大勢の人間が地球上に存在して
 いる結果だということです。

 貴重な生息地や農地の上に道路やショッピングモールを人々が
 建設するのを目にすると、大きな感情的衝動にかられます。
 私がこれまでに野外調査をした場所のほとんどが、私の生きてきた
 間に壊されるのを見てきました。

 私たちはつい最近、インドと中国を訪問しましたがショッキングな
 思いをしました。
 先進国の過ちのコピーに走り、超消費文化に向かって狂気のように
 突き進んでいます。
 これはこの国の人々のみならず、他の全ての国々に住む人々に
 とっても悪い前兆です。
 
 私たちは自分達の生涯を現場で、それも主に貧困な国々で過ごし
 ました。盲目的に消費し、破壊し尽くして、その後に訪れる途方も
 ない貧困を見てきました。
 先進国に対抗して破壊を進めようとすることは、発展途上国を破産に
 追いやります。
 
 
 私たちの生存は地球の生命維持システムに頼っているのです。
 生命を宿している惑星は、私たちが知っている限りでは地球だけ
 ですが、このシステムについてはほとんど何も知りません。
 ほとんどの人たちはこの点について無関心ですが、自然の法則に
 無関心であることが、破壊する言い訳にはなりません。

 生命共同体の中にいる生物と、その生息している物理的環境との
 関わりあいが、生態系をつくっています。
 気候は地球規模の生態系の一部で、その中にいる生物によって
 大きな影響を受けます。
 
 たとえば、陸地上の天気は植生によって制御されています。
 植生は地表の温度を変化させるからです。
 大気中の二酸化炭素の量は、生物によって劇的な影響を受けます。
 森林や植物の集落は、陸地と大気の間での水の循環を制御して
 います。
 
 森は水を捕らえて、保持し、そして再循環させます。
 森の中では雨が土の中に染み込み、地下水の補給をし、
 川の流れとして絶え間なく、少しずつ流れています。
 対照的に、ほとんど植物の生えていないような場所では、
 水は地表を流れ、土壌を洗い流しながら洪水を引き起こします。

 自然の生態系は、地球が生物の居住に適するように保つために、
 積極的に働いています。
 私たちがこの生態系を形づくっている生物を絶滅させていくたびに、
 私たちを守ってくれる地球の力を危険にさらしているのです。
 
 私たちの生命維持システムを守れば守るほど、私たちひとりひとり、
 そして私たち全体の生存の可能性も高くなるのです』

私たちが何を食べるか、どこで暮らすか、職場や学校までどうやって
通うかなどのあらゆる選択が、環境に影響を及ぼします。
日本や欧米など最も豊かな国々における資源の消費量は、
最も貧しい国々の平均10倍以上もあるのです。

私たちがどのように自然から恩恵を受けているかを知ることは
生物多様性を保全し持続的に利用していくことへの重要な第一歩と
なります。
私たちを含めてこれからの未来の世代のことを考え、
次の一歩を踏み出していきませんか。


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土曜日, 5月 23, 2009

「38億年受け継がれてきた命を伝える」-小菅正夫


昨夏に生まれたカブト虫の子どもが
少し前からさなぎになりました。

2年前の夏から森でつかまえた
カブト虫を息子と家で飼育し、
昨年はオスとメスが死んでしまった
後、土の中に産んでいたとても
小さな卵を見つけて、以来腐葉土を旺盛に食べる幼虫6匹を
育ててきました。

息子はそれぞれに、
「せかいくん」「ようくん」「まったくん」「やったくん」
「あじあちゃん」「めんくん」
と名前をつけ、
土替えのときにそれぞれが大きく成長をしている姿を
見る度に喜んでいました。

そしていよいよさなぎの姿になりました。
私は子どもの時にやはりカブトを育てていましたが、
土替えをきちんとしていなかったため、さなぎになるまでは至らず、
大人の今になって見れたことに感動しました。

このままいけば7月には成虫の姿を見せてくれることでしょう。
私も妻も息子も皆心待ちに楽しみにしています。


昨年7月に初めて行った「旭山動物園」。
日本最北にして日本一の入園者を集めるこの有名な動物園は、
本当にすばらしい動物園です。

水に飛び込む大迫力のホッキョクグマや、
地上17mの綱を危なげもなく渡るオランウータン、
地上でのよちよち歩きからは想像もつかないようなスピードで
泳ぐペンギンたち。
真近に見えるオオカミやトラ、ライオンたち。
人間の能力をはるかに超えた彼らのすばらしい能力を示す姿に
会えました。

一方で、この旭山動物園では、動物が弱って動けなくなり
死ぬところまできちんと展示しています。
それは『死を伝えることなくして、命を伝えることなどできない』
いう園長の小菅正夫さんを始めとする園の方針からです。

小菅さんはこう語っています。
『動物園にはいろいろな相談の電話がかかってきます。
 あるとき、小さな子どもを持つお母さんから
 「うちの子供が、どこかからカメをもらってきたのですが、
  どうやって飼うのでしょう」という電話がありました。
 
 どこかで知識を得た様子のお母さんは、
 「カメは何か病気を持っているのではないか」と心配して
 いたのです。
 それで、「病気の原因になるサルモネラという菌を持っていますよ」
 と答えると、そのお母さんは、
 「そんな菌を持った恐ろしい生き物は、とても家の中で飼えません
  よね」と言いました。

 カメにとって腸内にサルモネラ菌を持っているのはきわめて
 普通のことで、それでカメが病気になることはありません。
 触った後に手を洗うなど、ごく基本的な注意を守って飼っていれば、
 それが簡単に人間にうつることはないし、
 そもそも、菌が存在すること自体、特別なことではないのです。

 もちろん、お母さん達が知識を持つのはいいことだし、
 子どもたちの心配をする気持ちもよくわかります。
 でも僕は、こんなふうに生き物をきたないもの、人間だけを
 特別なものと考える最近の風潮が、とても気になります。

 少なくとも僕が子どもの頃は、生き物をきたないと感じたことなど
 ありませんでした。
 動くものを見れば触ってみたくなる。
 それが普通の子どもだったのです。
 生き物に触れて、一所懸命育てて、その死に遭遇してわんわん泣く。
 そうした生活の中で、命というものをだんだん理解していきました。

 今、ほかの人の命も、自分の命も大切にできない子ども達が
 増えています。
 これは、人間だけを特別視し、人々の暮らしから人間以外の
 生き物(飼い犬や猫は除く)を遠ざけてきた結果では
 ないでしょうか。
 
 人間だけが清潔で、人間以外の生きものはきたない-こうした、
 ”潔癖症”ともいうべき姿勢が、結果的に「人の命」も
 わからなくさせているのだと僕は思うのです。

 人々が病院で死を迎えるようになったことで、日常生活の中から
 「死」というものがどんどん遠ざけられるようになったことも、
 「命」をわからなくさせている一因かもしれません。

 こうして、現代の日常生活でなかなか伝わらなくなってしまった
 「命」を、何とかして伝えたい。
 僕が今、旭山動物園の園長をしながらいつも心で願っているのは
 このことです。』

私たち人間は今まで、自分たちだけのことを考えて発展してきました。
そして、動物たちの棲む自然環境を破壊してきましたが、
それは当然自分たちの住む環境を破壊する結果になり、
持続不可能な社会を作ってきてしまいました。

地球上に生息しているといわれる生き物は数百万~数千万種と
言われています。
最初に誕生した生き物は、今から38億年前といわれており、
全ての種は人間よりも早く誕生した先輩たちです。

人間以外の生き物と共存して暮らしていけるように、
私たちはまず自分達以外の生き物を見て、
その命を考えていくことが大切ですね。


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金曜日, 5月 08, 2009

「天いっぱいに子どもの星をかがやかせよう」-東井義雄

GWの前半は、埼玉の実家に行き
近場でゆっくりと過ごしました。
息子は歳の近いいとこ達に会えて
大喜び。ワイワイいいながら
家の中で、屋外の公園で
走り回って遊具で遊び、賑やかに
遊んでいる子どもたちの嬉しそうな
姿にとても癒されました。

尊敬する藤尾秀昭さんが以前紹介されていた東井義雄先生の
お話を紹介します。
東井先生は『日本のペスタロッチー』と呼ばれた名教育者。
これは、東井先生が68歳の頃に中学生を前に
あるお婆さんの話をしたそうです。

『私は主人が早くに亡くなりました。
 女の子一人の母子家庭だったんですけど、
 主人が亡くなってから、くず屋の仕事を続けて、
 女の子を養いました。

 幸い、小学校の頃は、いい子だ、やさしい子だと、
 皆さんから誉めていただいていたんですが、
 中学校になってから、ぐれ始め、
 とうとう中学二年の時には警察の
 お世話になるようなことになってしまいました。

 あのいい子だいい子だといわれた子が、
 なぜこんなことになったんだろうか、
 どう考えても分かりません。

 それが偶然わかったことですが、
 「いくら勉強できるからといって、くず屋の娘やないか」
 といわれたことが大きなショックになって、
 「お母さんがあんな仕事をやってるから、
  いくら勉強やったって、みんなからバカにされる」
 と考え、それからぐれはじめたということがわかりました。

 しかし、このくず屋の仕事をやめてしまっては、
 もう今日からの暮らしに困ってしまいます。
 かといって、ただ一人の女の子が、
 そんなことでは、亡くなった主人に申し訳ございません。
 長い間、ずいぶん迷いましたが、
 結局私の仕事をわかってもらう以外にはないと考えつきました。

 ある時、
 「お母さんが長い間こんな仕事をやってきて、
  足腰が痛んで、どうにもこうにもあの下からの坂道、
  家まで車を引いて登ることができなくなってしまったんだ。
  すまんけど、あの下のポストのところまで、
  明日の晩迎えに来てくれないか」

 「ボロ車の後押しなんかイヤだ!」
 思った通り、はねつけられてしまいました。

 「イヤだろうな、ボロ車の後押しなんてイヤだろうな。
  でもお母さん、足腰がもう痛んで、
  どうにも車があがらなくなってしまった。
  頼むからあのポストのところまで、迎えに来てくれないか」

 いくら頼んでも、
 「ボロ車の後押しなんてイヤだ」
 「イヤだろうな、ボロ車の後押しなんて、イヤだろうな。
  でもな、6時には間違いなしに帰ってくるからな。
  あのポストのところまで迎えに来てくれんかい」

 「じゃあ、6時ちょっきりやで。
  すこしでも遅れたらよう待たんで』
 ということで、どうにか承知してくれました。

 あくる日、車を引いてポストのところまで帰って来ると、
 ポストのかげに、恥ずかしそうに、
 しゃがんで待っていてくれました。

 そして、後を押してくれたんですが、
 車を引きながら、このボロ車に顔をそむけながら、
 どんな思いで後押ししてくれているかと思うと、
 こんな仕事やってきて、
 そして娘にまでこんなみじめな思いをさせると思うと、
 たまらん思いでしたが、おかげさまで
 家まで車を引いて登ることができました。

 「あんたのおかげで、今日は久しぶりに
  車を引いて帰り着くことができた。
  明日もすまんけどな、お願いするよ」

 そのあくる日も迎えに来てくれていた。
 そんなことが五日ばかり続いたある日、
 ポストの倍のところまで迎えに来てくれていました。

 後押しをしながら、
 「お母さんの仕事って、大変なんだな!」
 と叫んでくれました。

 「お母さんだって、この仕事が好きなはずはない。
  でも私のために、この仕事、
  足腰が動かなくなるところまで頑張り続けてくれた。
  私のために。だのに私はお母さんを恨むなんて」

 気付いてくれていたんです。
 そのあたりから、立ち直ってくれました。
 今ではおかげさまで、いい母親になって、
 二人の子どもに恵まれているんですが。
 と聞かしてくれました。』

藤尾さんによると、この話の後に東井先生は
こう語ったそうです。

 『自分を生かしてくれるものに、目が覚めてみるとね、
  ぐれたりなんか、自分勝手な生きざまが
  できなくなってしまうんですね。
  願いの中に自分が生かされている。
  どうかそのことを一つ味わっていただきたいんです』

常に子どもの側にある教育を目指し、
命の不思議、命の素晴らしさを説いてきた
すばらしい教育者を思い、胸がいっぱいになります。

『どのこも子どもは星
                 
 どのこも子どもは星
 みんなそれぞれがそれぞれの光をいだいて
 まばたきしている
 ぼくの光を見てくださいとまばたきしている
 わたしの光も見てくださいとまばたきしている
 光を見てやろう
 まばたきに 応えてやろう
 光を見てもらえないと子どもの星は光を消す
 まばたきをやめる
 まばたきをやめてしまおうとしはじめている星はないか
 光を消してしまおうとしている星はないか
 光を見てやろう
 まばたきに応えてやろう
 そして
 やんちゃ者からはやんちゃ者の光
 おとなしい子からはおとなしい子の光
 気のはやい子からは気のはやい子の光
 ゆっくりやさんからはゆっくりやさんの光
 男の子からは男の子の光
 女の子からは女の子の光
 天いっぱいに
 子どもの星を
 かがやかせよう

 「東井義雄詩集」より』


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