土曜日, 6月 20, 2009

「棺を蔽うて後、はじめて定まる」-隆慶一郎



大河ドラマ「天地人」の人気で、
書店に行くと必ず
「上杉謙信」、「直江兼続」関係の
本がならんでいるのを目にします。

少し前まで「直江兼続」の名前は
一般にはあまり知られておらず、 やはり大河ドラマの効果
というのはとても大きいものだなとあらためて思いますね。

昨年の「篤姫」人気も相当のものでしたが、息子はこれをつづけて
見るようになってから、大河ドラマの面白さを知ったようで、
「天地人」は最初から欠かさず見ています。
さまざまな登場人物のやりとりを見ながら、いろいろな質問をし、
彼なりにこの時代の人々の生き様を学んでいるようです。

そして、「義」に生きるという志を持って生きた謙信や兼続という
人物の器量と誇りが、私たち親子の感情を揺さぶっています。
戦国のドラマに関心を持つ息子を見て、かつて自分も同じ歳の頃に
日本の歴史がひたすら面白く、暇さえあれば百科事典を
開いていたなぁと懐かしく思います。
そのおかげでか、高3の時に受けた全国模試で日本史は5位の点数を
とれたのは、学校の勉強をほとんどせずに試験ではよい思い出のない
私にとって唯一といっていい心地よい思い出です。

さて、6歳の息子が繰り出してくるさまざまな質問に触発され気味の
私は、戦国時代という15世紀後半から始まった日本全国の各地で
群雄が割拠し抗争が繰り広げられた時代に、あらためて興味を
持ち始め、これまで読んだ本を読み返したり新しく購入したりと
しています。

このところずっと惹きつけられている歴史作家が、
隆慶一郎氏。
89年に逝去されてから読んだ作品が多いのですが、どの作品にも
共通して感じているのが、主人公が生涯において発する
強烈なエネルギーを持って美しく生を生き抜いていること。
人生のさまざまな濃淡を知っている作者であるから描ける
主人公の明るく清々しく烈しい生き様。

先日読んだ隆氏の随筆の一編。
『戦国期の終わりから江戸初期にかけてを題材にする仕事が
 ほとんどなので、その頃の史料を読む機会が多いのだが、
 当時の男たちの生命の軽さに驚くことがある。
 些細なことで誠に無造作に死んで行く。

 そのくせ、それなりの感銘を後世に遺すのは、大方の男どもの死が
 己の誇りのためだったからのようだ。
 誇りといっても千差万別で、馬鹿げた見栄の場合も多いのだから、
 死んだ本人は「阿呆らし」の一言で葬り去られても仕方ないのだが、
 死んだ本人はおそらくそんなことは百も承知の上のことであり、
 それでも死んでしまったとなれば、これは「阿呆らし」ですむ
 問題ではなくなるように思われる。

 大体僕は「一人の人間の生命は地球より重い」などという言葉が
 嫌いである。
 この言葉ほど人間の思い上がりを示すものはない。
 まるで地球は人間の持ち物だと言わんばかりではないか。
 冗談ではない。
 地球上には人間以外の動物も植物もいる。
 彼等から見れば、人間は正に天敵以外の何物でもあるまい。
 恐竜のように早く絶滅してほしい種族であろう。 

 少なくともその視野あるいはすまなさを持たぬ人間は、
 僕には破廉恥に見えて仕方がない。
 ましてや人間を人間たらしめている条件であり誇りの念を持たず、
 いたずらな長命を求める人種は醜悪な貪欲の塊のように思える。
 長生きは決して美徳ではない。』

物に溢れ飽食に飽きた現代日本に生きる私たちには、
いささか耳に痛い言葉。
しかし本質をよく突いた言葉。
『棺を蔽うて後、はじめて定まる』という言葉があります。

『志を立て、それに殉じた』という潔い生き方をしてきた
先人たちの誇りが、こちらの生き方に訴えかけてきます。



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