月曜日, 8月 31, 2009

「生成発展する幾億万の水の粒子に思う」-☆森のクマさん☆


台風11号が関東に接近しています
が、それにしても今夏は豪雨や
台風、地震という天災の猛威を
あらためて感じさせられています。
お盆の頃での豪雨は西日本の
各地に多くの被害を出しましたが、
戦後に植樹した木の間伐がされず
に土壌が脆くなっているところへの大雨で土砂流出した事故
であり、人災でもあることを思いました。

温暖化の影響で、世界的に洪水などの水災害の深刻度も増しており、
ヒマラヤ地域では洪水リスクの警告が出ています。
この地域の氷河が解けて巨大化した氷河湖が決壊し、大洪水が起きる
可能性が高まっているのだとか。

一方で、FAO(国連食糧農業機関)によると、現在途上国を中心に
12億人の人々が水の不十分な地域に居住し、近い将来さらに5億人が
水不足に直面する恐れがあります。
水不足と劣悪な衛星状態の結果、世界では毎年180万人の乳幼児が
亡くなっているそうです。

現在より古の時代に孔子は、「水は生成発展する」という根源的な
宇宙観を表していたといいます。
『子 川上に在り。
 曰く、逝く者は斯くの如きか。
 昼夜を舎かず』

小川環樹氏の説によれば、水流に物の本質を感じとり、
そこから学び修養に努めることを、
水流のやむことのないのと同じように絶えず行うようにという
意味だそう。

孔子が観た、川の流れに無限の水の力強いエネルギー。
先日10年ぶりに訪問した屋久島で、清流の流れる様に
龍の如きダイナミックな水のエネルギーを体感してきました。

水が太古より人々にもたらしてきた有り難さと恐ろしさ。
遠い昔からこの地球の大地を幾度も潤してきた水は、
時に大きな恩恵を与え、時に無慈悲に災害を起こしてきました。
そして人は、水から多くのことを学んできてはずです。

孔子は論語の中でこう説いています。
『子曰く、
 仁に里るを美と為す。
 択びて仁に処らずば、いずくんぞ知たるを得ん。
 (人を思いやり、世のため人のために生きられるのは
  美しいことだ。
  そうでなければ、どうして知ある人になれるか)』


地球の生成期から絶え間なく循環し、生成発展を繰り返してきた
幾億万の水の粒子に心から感謝し、
孔子が唱えた「仁(思いやり)」の大事さを思います。


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土曜日, 8月 08, 2009

「偉大なるものを偉大ならしめた母なる森に感謝して」-山尾三省


先月18日から21日にかけて屋久島に
行きました。私は10年振りで、妻と息子は
初めての訪島。

かつて13年前に初めて訪れたこの島の
森の中で、私は「命の再生を体験」し、
自然生態系を守っていくことの大切さに
目覚めました。

屋久島には九州沖縄地方で最高峰となる宮之浦岳(1935m)
や永田岳など標高千mを越える高峰が46座もあります。
これまでの訪島でこの高峰を歩き、深粛な生命の森の懐の中で
数千年もの間聳えてきた縄文杉などの屋久杉たちにも会ってきました。

今回訪れたのは、何よりも息子にこの巨樹たちに直に触れ、
巨大ないのちの肌感を通して、何千年、何万年という時の中で
生と死の循環が脈々と流れる森の生命という無限に大きな
自然のいのちにつながることを実感してほしいという希望からです。

屋久島の森には、至るところに圧倒的な樹の生命力が溢れています。
それはふだん街中の公園や寺社の境内で見る木とはまるで別のもの。
森を歩いた中で息子が出会った老杉たちの中の1本に、
樹齢1,800年という「仏陀杉」の巨樹があります。
1,800年前といえば卑弥呼の時代。「この間読んだ「三国志」
時代だよ」と言われた息子は、『えっ、そんなに大昔から
生きているの』と、とても驚いていました。

この巨樹の幹には他の巨樹同様に十数種もの別の木が着生しており、
共生の姿を見せています。
そしてこうした森の生産者たちを支えているのが森の底にひろがる
無数の苔。さまざまな種類の苔こそはこの島の「森の母」というべき
とても大事な存在。
地面も岩も、倒木も枯枝も、木々の幹にも苔がびっしりと張り付いており、
巨樹や清流と共に深い森の中で生命のエネルギーを溢れだし、
素敵な協奏曲を奏でているのです。


以前、森を愛する作家高田宏さんが屋久島のことを書いた文の中で、
島の原生林や巨樹を愛した詩人山尾三省氏と縄文杉に関わる逸話が
紹介されていました。

山尾さんは、1977年屋久島の廃村に一家で移住し、
以後白川山の麓で田畑を耕しながら、2001年に亡くなるまで

詩の創作を中心に執筆活動を行っていた方です。

瀬切川地区の原生林の伐採を当時の営林局が決め、
地元の心ある若者たちがその阻止運動を進めていたあるとき、
その中の一人が山尾さんにこう問いただしました。

『「あなたは常日頃、縄文杉縄文杉と言っているが、
  今度営林局が伐るという8百haの原生林と、
  縄文杉のどっちかを残すということになれば、
  どんなものだろうか。
  あなたはどっちを選びますか」

 縄文杉はもちろん伐ってはならないものであり、
 瀬切川地区の8百haも絶対に伐らせてはならないものである。

 「両方とも伐らせないことを選びます」と私は答えた。
 「それであなたはどうですか」と今度は私が尋ねた。

 「僕は縄文杉を伐って、瀬切川流域を残す」
 彼は明確に答えた。』
 
この答えを聞いて、山尾さんは、自分の中で崩れてゆくものが
ありました。
縄文杉にのみこだわっていた自分の、いまだに観光客的な気分から
ぬけ切れないでいる個的な感覚が崩れていったといいます。

『彼の答えは、明確であった。
 
 瀬切川流域が残れば、当然縄文杉も残るのである。
 逆に、この流域が伐られ、また別の原生林が伐られ、
 全ての原生林が伐られて、
 その果てに縄文杉一本がこの島に取り残されたとしたら、
 それは無残というよりは、独善ですらある。
 
 屋久島の原生林があって、そこに縄文杉も自生しているのであり、
 その逆では決してない。
 これは人間を含む生態系についての根本認識であるはずである。

 私はその時より、縄文杉への愛と尊敬はいささかも変わらないものの、
 縄文杉と呼ぶより、「屋久島の森」と呼ぶことの方に、
 より深い意義と喜びを見出すようになった。』

この中に出てくる「僕は縄文杉を伐って、瀬切川流域を残す」と言って
伐採反対に強い信念をもった方、長井三郎氏は縄文杉のことを
「生まれては死に、死んでは生まれる無数の生命の流れを見つめ続けきた
 偉大なる生命体」
と讃えています。

そして、それにつづけて、
「その偉大なるものを偉大ならしめた母なる森は、もっともっと長大な
 道のりを歩いてきたのである」
と誌しています。』

日本という急峻な山々が豊かな森に覆われて、
多様な生き物たちの生をつつみ、山裾に住む人々の暮らしを見守ってきました。
この母なる森に目を向ければ、いかに人の手が関わり、また離れたことで
惨憺たる荒廃の姿に変えてしまったかがよくわかることでしょう。

その恩恵を遠き先祖の時代から受け、また現代も受け続けている中で
自分の生命を育んでくれている森に感謝する気持ちを多くの人々が持ち、
再生に関わっていくことを願っています。


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