月曜日, 10月 12, 2009

「百穀満る季節に横綱の品格をみる」-双葉山


この三連休は、爽やかな秋空に心地よい
風を感じられる日が続きました。

「秋」は多くの穀物や果実が実る季節。
新井白石が「百穀既に成りて、飽満るの
義にもやあるらむ」と書き残したように、
作物が飽きるほど満ち溢れる季節です。

先週の日曜日、息子は初めて相撲大会
に出ました。幼稚園に入った頃からかテレビで大相撲を見て、
そのすばらしさに魅かれ、以来本場所が始まる毎に夢中で見ています。

一番のお気に入りは、横綱の白鵬関。
最近、「心技体」の大切さを父親から聞き、白鵬の相撲道にそれを
見ているようです。

そして、白鵬関が憧れとし、目標としているのが相撲史上屈指の
大横綱である双葉山関(本名.時津風定次)。
69連勝という不滅の数字が燦然と輝く中で、横綱の品格を常に
向上させようと努め、相撲界の発展に大きく貢献した大人物です。

昭和14年1月場所で安藝の海関に敗れた際、
『未だ木鶏足りえず』との言葉を言ったことは有名です。
これは、「荘子」に出てくる寓話の「木鶏の話」を修行中に
知人から聞いた双葉山関が、魂に強く印象づけられて斯く在りたいと
日々精進されていたもの。

『その昔、闘鶏飼いの名人に紀省子という男があった。
 あるとき、さる王に頼まれて、その鶏を飼うことになった。

 十日ほどして王が、”もう使えるか”ときくと、かれは、
 ”空威張りの最中で駄目です”という。

 さらに十日もたって催促すると、かれは、
 ”まだ駄目です。敵の声や姿に興奮します”と答える。

 それからまた十日過ぎて、三たびめの催促を受けたが、かれは、
 ”まだまだ駄目です。敵を見ると何を此奴がと見下すところが
  あります”といって、容易に頭をたてにふらない。

 それからさらに十日たって、かれはようやく、次のように告げて、
 王の鶏が闘鶏として完成の域に達したことを肯定したという。
 ”どうにかよろしい。いかなる敵にも無心です。
  ちょっと見ると、木鶏(木でつくった鶏)のようです。
  徳が充実しました。まさに天下無敵です”』

相撲という勝負の世界に生きる双葉山関にとって、
この話は実に得がたい教訓であり、心ひそかに「この木鶏」の境地に
いくらかでも近づきたいと心がけていたという逸話です。

大分県の小さな漁村で生まれ育った双葉山関は、10歳のときに
母親を亡くし、16歳のときに借財のあった実家のことを考えて
相撲界入りを決意し、頑張り番付を上げていき、
体も精神面も大横綱に上り詰めていく様子はまさしく見事。

相撲界という因果な社会の中で、強くなればなるほど自らを
厳しく律し、鍛え上げていかねばならない状況に置かれる。
横綱になるために苦労してきた人間が、ようやく横綱を勝ち取った
瞬間、引退のことを考えるようになる。

横綱は地位にふさわしい成績を収められなくなったら引退するしか
ない。体力や技は維持するだけでは落ちていく。精神面も然り。
そのためにいつ辞めても悔いのないように努力をしつづけなければ
ならない。
まさしく、「地位が人をつくる」のですね。

息子の初土俵は、惜しくも負けてしまいました。
前日に父と練習したにも関わらず。
でも、「相手に負けまい、勝つぞ」の強い気持ちを持って、
土俵に上がり、一所懸命に相撲をとったその姿勢がよく見えました。

負けてがっかりと下り、足洗い場にいた息子に
「惜しかった。負けたけどいい相撲をとったよ」と褒めてやりました。
息子は、「もう少しだったね。次は勝ちたい」と。

いつか息子に、この双葉山関の話をしてあげようと思っています。


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